本文へ移動⚠ いま被災されている方へ — 災害時のお口のケア(軽量版・約30mlの水でできる歯磨きなど)

STATEMENT

防災庁発足への所感

災害関連死を、お口から減らすために

代表発起人・富田大介読了目安 約25分

2026年11月2日、災害対応の司令塔となる防災庁が発足しました。阪神・淡路大震災から能登半島地震まで、三十年にわたって繰り返されてきた災害関連死の構造を振り返りながら、新しい司令塔に対する期待と、防災計画の外側に置かれ続けてきた「口腔」という五つ目の視点について、歯科医師であり、お口の防災プロジェクトの代表発起人である富田大介が記します。

この記事の要点

  • 防災庁は2026年11月2日、内閣直属の組織として発足した。定員352人、4部局、他府省庁への勧告権を持つ「災害対応の司令塔」である
  • 能登半島地震の死者755人のうち、災害関連死は527人。直接死228人の2.3倍にのぼる(2026年8月31日時点)
  • 石川県分の災害関連死449人の死因は、心血管疾患30.3パーセント、呼吸器疾患28.1パーセント。阪神・淡路大震災では関連死の24パーセントが肺炎だった
  • 口腔ケアによって肺炎の発症率は39パーセント、肺炎による死亡率は53パーセント低下したという研究がある(Lancet, 1999)
  • 代表発起人から防災庁への五つの提言。核心は「TKBB+O」― 避難所の生活環境基準に、口腔(Oral)の視点を加えること

1.はじめに ― 発足の日に、歯科医師として

2026年11月2日、防災庁が発足しました。

内閣直属の組織として、内閣総理大臣を長に置き、専任の防災大臣を据え、定員352人で始動する「災害対応の司令塔」です。内閣直属の庁が新設されるのは、2021年9月のデジタル庁以来のことです。地震、豪雨、噴火、豪雪。災害と共に生きてきたこの国にとって、今日がひとつの節目であることは間違いありません。

私は、歯科医師です。一般社団法人日本オーラルヘルス協会の代表理事として、そして「お口の防災プロジェクト」の代表発起人として、この日を迎えました。

防災庁の発足を、私は歓迎しています。同時に、歓迎の言葉だけでこの日を終わらせてはならないとも思っています。新しい司令塔が生まれた今日だからこそ、三十年にわたって防災計画の外側に置かれ続けてきた「口腔」という領域について、歯科医師の立場から静かに、しかしはっきりと申し上げておきたいことがあるからです。

本稿は、防災庁への批判ではありません。期待の表明であり、具体的な提案であり、そして私たち自身が何を担うのかという宣言です。長い文章になりますが、どうか最後までお付き合いください。

2.防災庁とは何か ― 事実の整理

所感に入る前に、防災庁という組織を、できる限り正確に整理しておきます。感情ではなく、事実から始めたいからです。

発足までの経緯

防災庁の設置は、石破茂前首相が2024年秋に看板政策として準備を始め、高市早苗政権が引き継いだものです。2024年には設置準備室が置かれ、2026年の通常国会に防災庁設置法案が提出されました。法案は5月19日に衆議院を通過し、7月13日の参議院本会議で与野党の賛成多数により可決・成立、7月17日に公布されました。

9月25日の閣議で発足日が11月2日と決まり、9月30日に施行期日を定める政令と防災庁組織令が公布されました。そして本日、発足に至っています。

組織の骨格

防災庁の骨格は、次のように整理できます。

防災庁 基本情報

位置づけ
内閣直属の組織。トップは内閣総理大臣。専任の防災大臣(初代は細野豪志氏)のほか、副大臣、大臣政務官、事務次官を置く
定員
352人。前身である内閣府防災担当の220人から約1.6倍に拡充
本庁の構成
「災害事態対処」「防災計画」「地域防災」「総合政策」の4部局。局長級の統括官4人を配置
権限
他の府省庁に対する勧告権。勧告を受けた府省庁には、それを尊重する義務が課される
地方機関
南海トラフ巨大地震、日本海溝・千島海溝地震の被害想定地域に、2027年度以降「防災局」を1か所ずつ設置する方針
人材
防災人材の育成や研究を担う「防災大学校(仮称)」の設置が可能に。2025年度・2026年度には計45人の「ふるさと防災職員」を採用し、各都道府県へ派遣

一方で、消防、警察、自衛隊、気象庁といった専門機能がすべて防災庁へ移るわけではありません。防災庁の役割は、平時の「事前防災」から、発災時の応急対応、被災者支援、復旧・復興までを一貫して企画立案し、省庁をまたいで総合調整することにあります。

発足日の「緊急要請」と避難所の「TKBB」

防災庁は発足にあわせ、国民、地方自治体、各府省庁に対して、災害への備えを促す「緊急要請」を出しました。国民に向けては、最低3日分、できれば1週間分の水・食料・トイレを備蓄するよう求めています。南海トラフ巨大地震や首都直下地震のような国難級の災害では、行政の支援が届くまでに時間がかかる。自分で自分を支えられる人が増えるほど、本当に支援が必要な人に力を集中できる。そういう趣旨の要請です。

細野大臣はまた、発足後に最も効果が出る分野として避難所を挙げ、トイレ(Toilet)、温かい食事(Kitchen)、寝床(Bed)の「TKB」に入浴・生活用水(Bath)を加えた「TKBB」への底上げを掲げています。

本年は、7月の熊本地震、8月の千葉豪雨と、大きな災害が相次ぎました。発足を機に、国難級の災害への備えを急ぐ。それが、今日の防災庁の出発点です。

ここまでが、事実です。ここから先が、私の所感です。

3.三十年、繰り返されてきた構造 ― 阪神・淡路から能登へ

阪神・淡路で生まれた言葉

「災害関連死」という言葉は、1995年の阪神・淡路大震災で生まれました。建物の倒壊や火災で亡くなる「直接死」とは別に、避難生活のなかで体調を崩し、命を落とす人がいる。その事実に、日本社会が初めて名前を与えたのです。

阪神・淡路大震災では921人が災害関連死と認定され、そのうち24パーセントが肺炎で亡くなっています(神戸新聞、2004年5月14日)。関連死の約9割は60歳以上で、その8割が発災から2か月以内に集中していました。

水道が止まり、歯を磨けない。口が乾く。義歯をなくす。食べられない。口の中で増えた細菌が、眠っているあいだに気道へ流れ込む。その連鎖の先に、誤嚥性肺炎がありました。これは当時から、現場の歯科医師たちが気づいていたことです。

東日本、熊本 ― 関連死が直接死を上回る時代へ

2011年の東日本大震災では、3,800人を超える災害関連死が認定されました。津波による直接死の規模があまりに大きく、関連死はその陰に隠れがちでしたが、長期化する避難生活のなかで、高齢者を中心に命が失われ続けたことは記録に残っています。

2016年の熊本地震は、日本の災害のかたちが変わったことを決定づけました。直接死50人に対し、災害関連死は220人を超えました。関連死が直接死を上回った、初めての大規模災害です。揺れそのものではなく、揺れのあとの生活が人を殺す。その事実が、誰の目にも明らかになりました。

能登で、逆転は決定的になった

それから8年後の2024年元日、能登半島地震が起きました。

石川県の発表によれば、2026年8月31日時点で、この地震による死者は石川・新潟・富山の3県で755人。内訳は、建物倒壊などによる直接死が228人、災害関連死が527人(石川513人、新潟6人、富山8人)です。関連死は直接死の2.3倍に達しています。

さらに同じ年の9月には奥能登豪雨が重なり、死者21人(直接死16人、関連死5人)が加わりました。災害は、ひとつずつ順番に来てはくれません。

石川県が公表したデータを金沢大学が分析した結果(2025年12月公表、県分449人を対象)は、さらに具体的です。

  • 災害関連死の約98パーセントが60歳以上
  • 死因の第1位は心血管疾患で30.3パーセント、第2位は呼吸器疾患で28.1パーセント
  • 449人のうち、少なくとも430人に既往歴があった
  • 発災から3か月を過ぎた2024年4月以降の9か月間に亡くなった人が35.6パーセント

呼吸器疾患が3割近くを占めていること。そして、発災から時間が経っても死亡が続いていること。この二つは、阪神・淡路の「肺炎24パーセント」「2か月以内に8割」と、まったく同じ構造を指し示しています。三十年、同じ場所で、同じ理由で、人が亡くなり続けているのです。

2026年8月に新たに認定された関連死のなかにも、肺炎で亡くなった70代の方がいらっしゃいました。震災から2年半が過ぎてなお、同じ死因が続いています。

介入できる、という事実

ここで、もうひとつの数字を置きます。

1999年、医学誌ランセットに掲載された日本の研究(Yoneyama T, et al.)は、特別養護老人ホームにおいて、口腔ケアを行った群で肺炎の発症率が39パーセント、肺炎による死亡率が53パーセント低下したことを報告しました。

口の中には、歯垢1グラムあたり約1,000億の細菌が棲んでいます。私たちは一日に約1.5兆個の口腔内細菌を飲み込んでいるとされます。平時であれば、免疫と嚥下機能がそれを処理します。しかし避難所では、水がなく、口が乾き、体力が落ち、義歯がなく、食べられない。平時の防御線が、一度に崩れます。

避難所とは、言い換えれば、一夜にして出現する巨大な高齢者施設です。特別養護老人ホームで効果が示された介入が、避難所で効果を持たない理由はありません。

だからこそ、口腔ケアは「快適さ」の問題ではなく、「命」の問題なのです。しかも、介入すれば結果が変わることが、すでに四半世紀前に示されています。

  • 24%

    阪神・淡路大震災 災害関連死の肺炎割合

    神戸新聞(2004)

  • 527人

    能登半島地震 災害関連死

    石川県(2026年8月31日時点)

  • 39%

    歯科専門職が関わる口腔ケアによる肺炎発症率低下

    Lancet(1999)

  • 53%

    歯科専門職が関わる口腔ケアによる肺炎死亡率低下

    Lancet(1999)

阪神・淡路から能登まで、三十年。私たちは、失うたびに学んできました。しかし、学んだことを防災計画のなかに書き込むことは、まだ十分にはできていません。

4.防災庁に、私が期待する三つのこと

一、「事前防災」の司令塔として

防災庁の最大の意義は、「事前防災」を平時の仕事として担う組織が、ようやく政府の中心に置かれたことだと、私は受け止めています。

これまでの内閣府防災担当は、国土交通省などからの出向者が中心で、数年で出身省庁へ戻るため、知見の蓄積が難しいと指摘されてきました。災害が起きるたびに、南海トラフ巨大地震などの事前防災の検討が中断される、という構造的な問題もありました。352人体制への拡充は、災害対応と並行して「平時の備え」に人を割くための増員でもあります。

事前防災とは、要するに「次の災害で、誰が、どこで、どのように亡くなるかを先に想像し、先に手を打つこと」です。能登の数字は、その想像の材料を、痛ましいほど具体的に教えてくれています。防災庁には、この数字を起点に施策を組み立てていただきたい。

もう一つ、私が注目しているのは、国と自治体をつなぐ回路が具体的に設計されていることです。各都道府県へ派遣される「ふるさと防災職員」、そして2027年度以降に置かれる地方の「防災局」。国の基準が、この回路を通って市町村の備蓄倉庫や防災訓練の現場まで届く。逆に、現場の課題が、同じ回路を通って国の制度設計へ還流する。この往復が機能したとき、事前防災は紙の上の計画ではなく、現場の習慣になります。

二、避難所の質を、国の責任として

細野大臣が避難所の改善を発足後の最優先に挙げたことを、私は心強く受け止めました。「TKB」から「TKBB」へ。トイレ、温かい食事、寝床、そして入浴。この四つが整うだけで、避難生活の尊厳は大きく変わります。

法改正によって「被災者の良好な生活環境の確保」が防災の基本理念に位置づけられたことも、重要な前進です。避難所の環境は、自治体の善意や現場の工夫に委ねるものではなく、国が責任を持つ「基準」の問題になりました。

基準になれば、備蓄が変わります。備蓄が変われば、訓練が変わります。訓練が変われば、発災三日目の避難所の風景が変わります。防災庁には、この連鎖の出発点となる基準を、迷いなく示していただきたいと思います。

三、災害関連死を「データ」として扱うこと

内閣府は2026年1月、能登半島地震における災害関連死の認定事例・不認定事例を「災害関連死事例集」として公表しました。市町村の認定実務を支えるとともに、今後の災害対策の参考にすることを目的とした資料です。

これは、私の知る限り、災害関連死を「後から悼む対象」から「次を防ぐためのデータ」へと転換する、画期的な取り組みです。防災庁には、この事例集を一度きりの資料に終わらせず、死因、年代、既往歴、避難形態、発生時期を継続的に分析し、政策の優先順位に反映する仕組みを築いていただきたい。

数字は冷たいものではありません。一人ひとりの最期の経緯を、次の誰かのために生かすための、最も誠実な方法です。

5.それでも、まだ見落とされているもの ― 五つ目の視点

食・水・衛生・医療、そして口腔

防災の備蓄や避難所運営は、長い年月をかけて「食」「水」「衛生」「医療」の四つの柱を整えてきました。TKBBも、この四つの延長線上にあります。

しかし、生命維持に直結する領域が、もう一つあります。「口腔」です。

呼吸、嚥下、栄養、免疫。口はそのすべての入口です。にもかかわらず、防災計画のなかに、口腔ケアの責任分担も、備蓄基準も、訓練手順も、十分には書かれていません。医療の柱の一部として扱われることはあっても、独立した柱として位置づけられてはいないのです。

私たちは、この領域を「防災の見落とし ― 命を守る五つ目の視点」と呼んでいます。

発災三日目の避難所で

想像してみてください。

発災から三日目の体育館。水は、飲むぶんしかありません。80代の女性が、段ボールの仕切りの中で横になっています。義歯は、逃げるときに置いてきました。配られたおにぎりは硬くて噛めず、半分を残しました。口の中は乾いて、舌が上あごに貼りつきます。歯ブラシはありません。あったとしても、ゆすぐ水がもったいない。夜、眠っているあいだに、増えた細菌を含む唾液が、少しずつ気道へ流れ込みます。

一週間後、熱が出ます。「風邪だろう」と周囲は言います。十日後、病院へ運ばれます。診断は、誤嚥性肺炎。

この女性の死は、揺れによるものではありません。しかし、災害がなければ起きなかった死です。そして、折りたたみ歯ブラシ一本と、口腔ケアシート数枚と、義歯の代わりに食べられる食事の工夫があれば、かなりの確率で防げた死でもあります。

能登の関連死527人の一人ひとりに、こうした経緯があります。内閣府の事例集には、その経緯が記録されています。

TKBBに、「O」を

細野大臣の「TKBB」に、私は心から賛同します。そのうえで、歯科医師として、一つだけ付け加えさせてください。

TKBBに、「O(Oral=口腔)」を。

トイレが整い、温かい食事が出て、ベッドで眠れ、風呂に入れる。それでも、歯ブラシがなく、口腔ケアシートがなく、義歯を洗えず、とろみ剤がなければ、肺炎の連鎖は止まりません。

しかも口腔ケアは、TKBBの四つに比べて、はるかに安価で、はるかに軽く、電気も重機も要りません。歯ブラシ一本とわずかな水、あるいは水を使わないケアの方法さえあれば、今日からでも始められます。費用対効果という観点からも、口腔は避難所対策のなかで最も「割のよい」投資のひとつです。

緊急要請に、歯ブラシ一本を

防災庁が発足日に出した緊急要請は、国民に最低3日、できれば1週間分の水・食料・トイレの備蓄を求めました。これは正しい呼びかけです。

私はここで、要請を批判したいのではありません。ただ、次にこの要請が更新されるとき、備蓄の標準的な品目に「口腔ケア用品」の一行が加わることを、心から願っています。折りたたみ歯ブラシ、口腔ケアシート、小分けの洗口液、口腔保湿ジェル、義歯ケースと洗浄剤、そしてむせやすい方のためのとろみ剤。重さにして数百グラム。非常持出袋の隅に収まるこの一式が、避難所での肺炎を減らす最初の一歩になります。

水がなくても、できること

「水が貴重な避難所で、歯磨きなどできるはずがない」。そう思われる方も多いでしょう。しかし、水をほとんど使わない口腔ケアの方法は、すでに確立されています。

洗口液を少量含んで吐き出すこと。口腔ケアシートで歯と歯ぐき、舌の表面を拭き取ること。コップ一杯にも満たない水で、歯ブラシを使って磨き、最後に拭き取ること。義歯は、就寝時に外して義歯ケースで管理し、洗浄剤がなければ流水の代わりに拭き取りで清掃すること。むせやすい方の飲み物には、とろみ剤でとろみをつけること。

どれも、特別な技術は要りません。必要なのは、道具がそこにあることと、「口を清潔に保つことが命を守る」という認識が、避難所を運営する人と避難している人の双方に共有されていることです。前者は備蓄の問題であり、後者は教育の問題です。そしてその両方が、防災庁の所管するところです。

6.防災庁への五つの提言

歓迎と期待を述べたうえで、具体的な提言を五つ、記しておきます。いずれも、新しい法律を必要とせず、運用の範囲で実現できるものです。

提言一避難所の生活環境基準に、口腔ケアを明記する

避難所運営のガイドラインと、国が被災地へ送るプッシュ型支援物資の標準品目に、口腔ケア用品(歯ブラシ、口腔ケアシート、洗口液、口腔保湿剤、義歯用品、とろみ剤)を位置づけること。「TKBB+O」を、国の基準として示すこと。

基準に一行加わるだけで、全国の自治体の備蓄計画が動きます。自治体にとって、国の基準にある品目は予算要求の根拠になり、基準にない品目は後回しになる。それが行政の現実です。

提言二災害関連死の死因分析に、口腔の項目を加える

災害関連死事例集や都道府県の死因統計において、肺炎の内訳(誤嚥性肺炎の割合)、義歯の有無、口腔ケアの実施状況を記録する項目を設けること。

記録されない死は、次の対策に結びつきません。能登の「呼吸器疾患28.1パーセント」のうち、どれだけが誤嚥性肺炎で、そのうちどれだけが口腔ケアで防ぎ得たのか。その問いに答えられるデータを、国として持つべきです。

提言三要配慮者名簿と個別避難計画に、義歯・嚥下・口腔ケア必要度を記載する

能登の関連死の約98パーセントは60歳以上でした。高齢者の避難支援情報に「義歯を使っているか」「むせやすいか」「口腔ケアに介助が必要か」の三項目を加えるだけで、避難所に到着した直後の初動が変わります。

義歯を持ち出せた人には義歯ケースと洗浄剤を。むせやすい人にはとろみ剤と柔らかい食事を。介助が必要な人には口腔ケアの担い手を。三つの問いが、三つの対応に直結します。

提言四防災人材の育成に、災害歯科保健を組み込む

ふるさと防災職員の研修、防災大学校(仮称)のカリキュラム、そして自治体の防災訓練に、災害時の口腔ケアを位置づけること。

私たちが設計を進めている『お口の防災士』(仮称)認定制度は、この担い手を地域に増やすための民間側の仕組みです。市民・多職種向けのベーシック、歯科医師・歯科衛生士・管理栄養士・言語聴覚士などの専門職向けのプロフェッショナル、指導者向けのインストラクターという三階層で、既存の資格との相互免除を設けながら整備しています。防災庁が示す基準と、民間が育てる担い手が噛み合えば、全国どの避難所にも「口を見る人」がいる状態をつくることができます。

提言五エビデンスを、国の研究として継続する

厚生労働科学研究費をはじめとする研究助成において、災害時の口腔保健と災害関連死の関係を継続的に検証すること。

1999年のランセット論文から四半世紀が経ちました。災害歯科医学の分野では、厚生労働科学研究として「大規模災害時における歯科保健医療の健康危機管理体制の構築に関する研究」などが積み重ねられてきましたが、避難所における口腔ケアの介入効果を、関連死の抑制という結果まで追った大規模な研究は、まだ十分ではありません。日本発のエビデンスをさらに積み上げることは、災害大国である日本の責務だと考えます。

7.民が担うこと ― 三位一体の体制と、私たちの責任

提言を述べる以上、私たち自身が何を担うのかを明らかにしなければ、言葉は軽くなります。

三位一体の運営体制

お口の防災プロジェクトは、一般社団法人日本オーラルヘルス協会を主催団体とし、私・富田大介が代表発起人として運営を統轄し、災害歯科医学の第一人者である中久木康一先生を学術統轄としてお迎えする、三位一体の体制で進めています。

学術判断と運営判断を分離し、協賛企業や運営の都合が学術的見解を左右しない構造を明文化しています。公益性と科学性を最優先する。それが、私たちが社会と交わす約束です。

既存の災害歯科支援との関係

日本歯科医師会が2022年に創設した日本災害歯科支援チーム(JDAT)、日本災害時公衆衛生歯科研究会をはじめ、災害歯科保健の現場には、長年にわたって蓄積された知見と実践があります。能登半島地震でも、DMAT、JMATとともにJDATが被災地に入り、歯科医療と口腔保健の再生支援にあたりました。

お口の防災プロジェクトは、これらと競合するものではありません。発災後に専門職が被災地へ入る仕組みを「縦糸」とするなら、私たちが担うのは、平時に市民、家庭、自治体、学校、企業の側へ備えを広げる「横糸」です。市民が学べる教材、三階層の認定制度、備蓄キットの標準化、自治体への導入支援、そしてエビデンスの継続的な更新。この五本柱で、発災前の社会に「お口の視点」を実装していきます。

私たちが引き受けること

防災庁への提言と対になるかたちで、私たちが自らに課すことを記します。

  • 市民向けの基礎教材とチェックリストを、無料で公開し続けること
  • 『お口の防災士』の三階層を、既存資格との相互免除を設けて整備すること
  • モデル自治体とともに、地域防災計画への組み込みを実証し、その手順を公開すること
  • 本稿で用いた数字を含む「命の数字」を、一次資料に基づいて定期的に更新し、出典とともに公開すること
  • 防災庁および関係機関からの照会に、学術統轄の監修のもとで誠実に応じること

国が基準をつくり、民が担い手を育て、学術がその両方を検証する。この三者が噛み合ったとき、三十年続いた構造は、はじめて変わり始めると私は信じています。

8.歯科医師として、経営者として

最後に、少しだけ個人的なことを書かせてください。

私は歯科医師として二十余年、口の中を見てきました。同時に、100名を超えるスタッフとともに医療機関を運営する経営者として、組織が人の命を預かるとはどういうことかを、日々考えてきました。

経営の世界には「仕組みにならないものは、続かない」という言葉があります。善意は尊い。しかし、善意だけに頼った防災は、担当者が一人変わるだけで止まってしまいます。実は、お口の防災プロジェクトそのものも、構想から形になるまでに二年を要しました。人に頼った取り組みの脆さを、私は身をもって知っています。だからこそ私は、再始動にあたって、個人の熱意ではなく、法人格と学術と運営の三つを組み合わせた体制を最初に整えました。

防災庁という組織が生まれたことの意味も、私にはそこにあると思えます。災害のたびに立ち上がり、災害が去れば散っていた善意と知見を、「仕組み」として国の中心に置く。発足はその第一歩です。

そしてもう一つ。私たちの医療機関もまた、発災時には地域の口を守る拠点となる責任を負っています。院内の事業継続計画に災害時の口腔ケア支援を位置づけ、スタッフが避難所で動けるよう訓練すること。それは、提言を述べる者が、まず自分の足元で果たすべき義務だと考えています。

口腔は、小さな領域です。しかし、避難所で亡くなった方々の少なからぬ部分が、口から始まる肺炎で命を落としてきたという事実は、小さくありません。私は、この小さな領域を、新しい司令塔の視野のなかに入れていただくために、これからも声を上げ続けます。

9.結び ― 発足は、始まりにすぎない

防災庁の発足を、改めて歓迎いたします。

そして、防災庁がこれから描く避難所の姿、備蓄の基準、人材の育成、関連死の分析のすべてに、「お口の視点」が静かに、しかし確かに組み込まれていく未来を、私は信じています。

三十年前、神戸で生まれた「災害関連死」という言葉を、いつか使わなくてよい日が来るように。能登の527人の一人ひとりの最期が、次の誰かの明日につながるように。

防災に、お口の視点を。

発足の日に、歯科医師の一人として、この言葉を新しい司令塔に届けます。

一般社団法人日本オーラルヘルス協会 代表理事

お口の防災プロジェクト 代表発起人

富田 大介

10.よくあるご質問

防災庁はいつ発足しましたか?

2026年(令和8年)11月2日です。防災庁設置法は2026年7月13日に参議院本会議で成立し、7月17日に公布されました。発足日は9月25日の閣議で決定されています。

防災庁は何をする組織ですか?

内閣直属の組織として、平時の「事前防災」から災害発生時の応急対応、被災者支援、復旧・復興までを一貫して担う、政府の災害対応の司令塔です。防災施策の基本方針の策定や、大規模災害に対処するための企画立案と総合調整を行います。消防、警察、自衛隊、気象庁などの専門機能がすべて防災庁へ移るわけではありません。

防災庁の規模と権限を教えてください

定員は352人で、前身の内閣府防災担当(220人)の約1.6倍です。本庁は「災害事態対処」「防災計画」「地域防災」「総合政策」の4部局で構成され、防災大臣には他の府省庁に対する勧告権が与えられています。勧告を受けた府省庁には尊重義務があります。2027年度以降、南海トラフ巨大地震と日本海溝・千島海溝地震の想定地域に、地方機関「防災局」を1か所ずつ設置する方針です。

発足日の「緊急要請」とは何ですか?

防災庁が発足にあわせて、国民、地方自治体、各府省庁に出した、災害への備えを促す要請です。国民に対しては、最低3日分、できれば1週間分の水・食料・トイレの備蓄を求めています。特定の災害の発生を予告するものではありません。

災害関連死とは何ですか?

建物の倒壊や火災などによる直接死ではなく、避難生活の負担、生活環境の悪化、医療の中断などが原因で亡くなることをいいます。1995年の阪神・淡路大震災で概念が生まれ、災害弔慰金の支給等に関する法律に基づいて市町村が認定します。能登半島地震では、2026年8月31日時点で527人が災害関連死と認定され、直接死228人を大きく上回っています。

なぜ災害時に口腔ケアが命に関わるのですか?

断水や避難生活で口腔内の細菌が増え、体力や嚥下機能が落ちた状態でそれを誤嚥すると、誤嚥性肺炎を起こしやすくなるためです。阪神・淡路大震災では災害関連死の24パーセントが肺炎でした。口腔ケアによって肺炎の発症率が39パーセント、肺炎による死亡率が53パーセント低下したという研究(Lancet, 1999)もあります。

TKBBとは何ですか?

避難所の生活環境の基本要素を示す言葉で、Toilet(トイレ)、Kitchen(温かい食事)、Bed(寝床)に、Bath(入浴・生活用水)を加えたものです。細野防災大臣が避難所改善の目標として掲げています。お口の防災プロジェクトは、これにOral(口腔ケア)を加えた「TKBB+O」を提案しています。

家庭では、何を備えればよいですか?

水・食料・トイレに加えて、折りたたみ歯ブラシ、口腔ケアシート、小分けの洗口液、口腔保湿ジェル、義歯をお使いの方は義歯ケースと洗浄剤、むせやすい方はとろみ剤を、非常持出袋に加えることをおすすめします。詳しくは「一般の方へ」のページをご覧ください。

自治体として、何から始めればよいですか?

三つのステップをおすすめしています。備蓄品に口腔ケア用品が含まれているか点検すること。防災・保健・福祉・介護の関係部署で情報を共有する勉強会を開くこと。次回の防災訓練に口腔ケアの要素を試験的に組み込むこと。いずれも大きな予算をかけずに始められます。詳しくは「自治体・行政の方へ」のページをご覧ください。

11.出典・一次資料

  1. 防災庁設置法の成立(2026年7月13日 参議院本会議)、公布(7月17日)、発足日の閣議決定(9月25日)、施行期日政令・防災庁組織令の公布(9月30日)― 各報道および官報
  2. 防災庁の組織(定員352人、4部局、勧告権、防災局、防災大学校(仮称)、ふるさと防災職員)― 防災庁設置法および各報道
  3. 防災庁発足と緊急要請(2026年11月2日)― 日本経済新聞、読売新聞、FNN ほか
  4. 阪神・淡路大震災の災害関連死(921人、うち肺炎24パーセント)― 神戸新聞(2004年5月14日)
  5. 能登半島地震の死者数(755人、直接死228人、関連死527人)― 石川県発表、共同通信(2026年8月31日)
  6. 能登半島地震の災害関連死の年代・死因分析(60歳以上約98パーセント、心血管疾患30.3パーセント、呼吸器疾患28.1パーセント)― 石川県公表データの金沢大学による分析(2025年12月25日)
  7. 令和6年能登半島地震 災害関連死事例集(令和8年1月、内閣府政策統括官(防災担当)付 避難支援担当参事官室)
  8. 口腔ケアによる肺炎発症率・死亡率の低下 ― Yoneyama T, et al. Lancet, 1999
  9. 日本災害歯科支援チーム(JDAT)の創設(2022年)― 日本歯科医師会
  10. 大規模災害時における歯科保健医療の健康危機管理体制の構築に関する研究 ― 厚生労働科学研究