避難中の方
水がほとんど無い——それでも歯磨きはできます
コップ1杯の3分の1、約30mlの水があれば大丈夫
水が無いから歯磨きは無理、とあきらめないでください。約30mlの水で磨けます。歯磨きは、災害後に増える誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:口の中の細菌が誤って肺に入って起きる肺炎)を防ぐ、効果が確かめられている身近な方法のひとつです。
1. 約30mlの水をコップに用意する
紙コップに指1本分ほどの深さが目安です。この水は「すすぎ用」なので、最初に全部使わないのがコツです。
2. 歯ブラシを水で軽く濡らして磨く
水が乏しい時は、練り歯磨き粉は使わないほうがすすぎの水を節約できます。歯と歯ぐきの境目、奥歯のかみ合わせ面を中心に、1本ずつ小刻みに磨きます。
3. 合間に歯ブラシの汚れをティッシュで拭き取る
磨いている途中でこまめにブラシの汚れをティッシュやガーゼで拭き取ると、少ない水でも汚れを口に戻さずに済みます。
4. 残りの水を2〜3回に分けて口に含み、すすぐ
一度に全部の水を使わず、少量ずつ2〜3回に分けて口に含み、頬を動かしてブクブクしてから吐き出す、を繰り返します。
歯ブラシが無いときは、ハンカチやティッシュ、ウェットシートを指に巻き、歯の表面を前歯から奥歯へ順にこすって歯垢(プラーク:歯の表面につく細菌のかたまり)を拭き取ります。口腔ケアシート(歯みがきシート)は1回1枚、面を替えながら「歯の表→裏→かみ合わせ→歯ぐき・頬の内側」の順で拭くと効率的です。洗口液(マウスウォッシュ)があれば併用すると汚れが落ちやすくなります。
飲む水は、絶対に我慢しないでください
「トイレに行きたくないから」と水分を控えると、口が乾いて細菌が増えるだけでなく、脱水やエコノミークラス症候群(血の固まりが血管に詰まる病気)のリスクも高まります。飲む水と、お口をきれいにする水は、削らないでください。
備蓄の量や水の割り当ての考え方は「家庭向け お口の防災チェックリスト」ガイドに詳しくまとめています。
義歯の方
入れ歯を失くした・壊れた
「ないまま我慢」がいちばん危険です。救護班に申し出てください
噛めないと食事量が減って低栄養になり、外したままの期間が長引くと顎や噛み合わせが変わって新しい義歯(入れ歯)も作りにくくなります。避難所の救護班・保健師に「入れ歯を失くした」と必ず申し出てください。大規模災害ではJDAT(日本災害歯科支援チーム)などの巡回歯科班が入り、応急的な義歯対応につながります。
保険証を持ち出せなくても、あきらめないでください。過去の大規模災害では、氏名等の申告で歯科受診できる特例措置が設けられています。まずは救護班・保健師に申し出てください。
洗浄剤が無いとき(1)毎食後に外して拭う
水が使えなければ、ウェットティッシュや清潔なガーゼで義歯の内側・外側の汚れを拭き取ります。口に入れたままでは清潔になりません。少なくとも1日1回は必ず外して手入れします。
(2)部分入れ歯はバネ(金属部分)を重点的に
バネの内側は汚れが残りやすい場所です。歯ブラシや細い綿棒でこすり落とします。
(3)水が少しあるなら、薄めた食器用中性洗剤で
義歯洗浄剤の代わりに食器用中性洗剤を薄めてブラシ洗いできます。使用後は必ずよくすすいでください。研磨剤入りの歯磨き粉は義歯を傷つけるので使いません。
(4)やってはいけないこと
熱湯消毒(変形します)、塩素系漂白剤の原液に漬ける(変質します)、乾燥したまま放置(ひび割れ・変形の原因)は避けてください。
これ以上失くさないために
- 就寝時は外して、フタ付きの義歯ケースに水を張って入れ、置き場所を固定する乾燥すると変形の原因になります
- ティッシュに包んで置くのは厳禁ゴミと間違えて捨てられる・踏んで割れる事故が最も多いパターンです
- 義歯ケースに油性ペンで氏名を書く避難所の洗面所での取り違え・紛失防止に有効です
義歯の備えと手入れの詳細は「高齢者・介護者向け 備えガイド」にまとめています。
避難中の方
口が乾いてつらい
対策は「外から補う(保湿剤)」と「中から出す(唾液腺マッサージ)」の2本立てです。唾液には細菌を洗い流し、粘膜を守る働きがあります。避難生活では水分の我慢・ストレス・薬の副作用が重なって唾液が減り、口がねばつき、痛み・口臭・飲み込みにくさが出ます。
耳下腺(じかせん)マッサージ
指を数本そろえて耳たぶのやや前(上の奥歯のあたりの頬)に当て、円を描くように後ろから前へ10回ほど回します。さらさらした唾液が出ます。
顎下腺(がっかせん)マッサージ
あごの骨の内側のやわらかい部分を、耳の下からあご先に向かって4〜5か所、親指でやさしく各5回ずつ押します。
舌下腺(ぜっかせん)マッサージ
あご先のとがった部分の真下から、両手の親指で舌を押し上げるようにゆっくり10回押します。
行うタイミング
毎食前に行うのが効果的です。唾液が出ることで食べ物がまとまりやすくなり、むせの予防にもなります。強い痛みや腫れがあるときは中止してください。
保湿用品が手に入ったら
- 口腔保湿ジェルは、米粒大〜小豆大を指に取り、頬の内側・舌・口蓋(こうがい:上あご)に薄く塗り広げる。1日3回程度
- 洗口液はアルコールフリー・低刺激タイプをアルコール入りは乾燥を悪化させることがあります
- 唇の乾燥・ひび割れにはリップクリームを唇の痛みは食事量低下につながります
水分は「一気に」ではなく「こまめに少しずつ」。トイレを心配して水を我慢すると、脱水・口腔乾燥・エコノミークラス症候群のすべてのリスクが上がります。むせやすい方は次のセクションのとろみ付けを活用してください。
口腔乾燥対策の詳細は「高齢者・介護者向け 備えガイド」にまとめています。
ご家族
むせやすい家族がいる
避難所で配られる食品には、飲み込む力が弱った方には危険なものが少なくありません。「普段の食事ならなんとか食べられる」方ほど要注意です。まず、次の食品と食べ方に気をつけてください。
飲み込む力が弱った方に危険な避難食
- 乾パン・菓子パン・クラッカー口の水分を奪ってパサつき、のどに詰まりやすい。水分やジェルで湿らせ、小さくちぎって
- 餅・こんにゃくゼリー窒息事故の代表格。避難所では避けるのが無難です
- 板海苔・わかめ・青菜の葉上あごや喉に貼り付きます
- カップ麺・味噌汁などの「さらさらした熱い液体」すすり込みでむせやすい。少し冷まし、必要ならとろみ剤を
- パンとお茶を「交互に流し込む」食べ方口の中で混ざった状態が最も誤嚥しやすくなります。飲み込んでから次の一口へ
工夫1:ふやかす・つぶす
アルファ化米は規定より多めの水でやわらかく戻す、パンはスープや牛乳に浸すなど「水分を含ませて均質にする」のが基本です。
工夫2:姿勢を整える
できるだけ椅子に深く腰かけ、軽くあごを引いて食べます。寝たままの食事は最も誤嚥しやすい姿勢です。座れない場合も上体を起こし、食後30分〜1時間は横にならないようにします。
工夫3:一口量と交互嚥下(こうごえんげ)
一口はティースプーン1杯程度。固形物ととろみ付き水分を交互に飲み込むと、喉に残った食べかすを流せます。
このサインが出たら、すぐ救護班へ
食事中に毎回むせる、痰が増えた、微熱が続く、ぼんやりしている——は誤嚥性肺炎のサインのことがあります(高齢者は高熱が出ないことも多い)。救護班・保健師にすぐ相談してください。
とろみ剤の使い方・備蓄量の計算は「高齢者・介護者向け 備えガイド」に詳しくまとめています。
ご家族
子どもの歯みがき
学童のお子さんには、大人と同じ「約30mlの水での歯磨き」の手順が使えます。乳幼児はガーゼでの拭き取りが基本です。年齢ごとのポイントを押さえてください。
年齢別のポイント
- 乳幼児(0〜5歳):歯が生える前は、湿らせたガーゼで歯ぐきを拭くだけで十分洗口液は誤飲の恐れがあるため使いません。乳幼児用の口腔ケアシートも使えます
- 学童(6〜12歳):自分で磨ける年齢でも、災害時は不安で手が止まりがち親が声かけ・仕上げ確認をしてあげてください
- 「食べたら拭く・磨く」を家族のルールにする水がなくてもシートやマッサージでできることがあります
家族構成別の備えは「家庭向け お口の防災チェックリスト」ガイドにまとめています。
避難中の方
避難が長引いたら:1日1回はていねいに
1日1回しかできないなら、寝る前を選んでください
誤嚥性肺炎の多くは、眠っている間に細菌を含む唾液を少しずつ誤嚥する「不顕性誤嚥(ふけんせいごえん:むせない誤嚥)」で起こります。寝る前に口の中の細菌を減らしておくことが、そのまま肺炎予防になります。毎回完璧でなくても、1日1回の徹底で細菌の増加を抑えられます。
避難生活の口腔ケア日課(水の目安つき)
- 朝食後:歯磨き→少量の水でうがい。義歯は外して拭き洗いうがいは約30mL(15mL×2回)
- 昼食後:うがい+ウェットティッシュで歯の表面を拭く。口が乾く人は保湿ジェル+唾液腺マッサージうがいは15mL×1〜2回
- 夕食後〜就寝前:1日で最も丁寧に。歯磨き→舌・粘膜の清掃→うがい→保湿ジェル。義歯は外して洗い、水を張ったケースで保管うがいは約30mL(15mL×2回)
うがいのコツは、30mLを一度に使わず15mLずつ2回に分けてブクブクする方が汚れがよく落ちます。吐き出す先はポリ袋+ティッシュで。週1回は、口臭の悪化・舌の白い汚れ(舌苔:ぜったい)・口内炎・食事中のむせの増加がないか確認し、1つでも悪化していれば巡回歯科班や救護班に相談してください。
介助が必要な方のケア手順を含む詳細は「高齢者・介護者向け 備えガイド」の日課表にまとめています。
避難所運営者
避難所を運営している方へ
開設〜運営期にお願いしたいこと
- 口腔ケアコーナーを設置する手洗い場・給水所の近くに、鏡・照明・ゴミ袋・コップ置き場を確保。掲示文例:「歯みがき・入れ歯洗いはこちらでお願いします」
- 歯ブラシは衛生上、1人1本の個別配布とし、共用しない
- うがい・歯磨き用の水を飲料水と別枠で見込む目安として1人1日コップ1杯(約200mL)
- 館内放送・掲示で口腔ケアを呼びかける掲示文例:「食後と寝る前の歯みがきが、肺炎の予防になります。水が少ないときは洗口液や口ふきシートをご利用ください」
- 義歯(入れ歯)使用者・介助が必要な方を把握する食事でむせる・口の乾き・義歯の紛失は要フォローのサイン
- 在宅避難者・車中泊避難者にも物資配布と声かけの経路を確保する
断水を理由に口腔ケアを中止しないでください
少量の水を紙コップにとって歯ブラシをすすぎながら磨く、洗口液や口腔清拭シートを併用する、義歯は毎日はずして清掃する、といった代替手順があります。水が足りないことを理由に、避難者への呼びかけをやめないでください。
スクリーニング票の様式や備蓄基準は「自治体向け 導入ガイド」にまとめています。
避難中の方
歯科の支援を受けるには
大規模災害では歯科の支援チームが被災地に入ります。JDAT(日本災害歯科支援チーム)は2022年に創設され、能登半島地震(2024年)では計127チームが派遣されました。避難所の運営本部・救護班・保健師に伝えれば、こうした巡回支援につながります。「避難所で歯科に相談するのは大げさ」ではありません。遠慮なく声をかけてください。
そのまま使える伝え方
- 入れ歯を失くした・壊れた → 救護班・保健師・避難所運営本部へ「入れ歯を失くして食事が噛めません。歯科の巡回や相談窓口はありますか」
- むせて食べられない → 食料配布の担当・保健師へ「飲み込む力が弱く、普通の水やパンでむせます。おかゆ・やわらかい食品・とろみ剤はありますか」
- 口が乾いて痛い・しゃべりにくい → 救護班・巡回の看護師へ「口の中がカラカラで痛みがあります。口腔ケア用品(保湿ジェルやスポンジブラシ)の支援物資はありますか」
- 家族の口のケアができない → 保健師・介護職の応援スタッフへ「寝たきりの家族の口のケアの仕方を教えてください。歯科衛生士さんの巡回はありますか」
- 発熱・痰の増加・元気がない → 救護班(医療)へ「食事のたびにむせていた家族が発熱しました。誤嚥性肺炎が心配です」
断られても、一度で諦めないでください
物資や巡回チームは日ごとに変わります。翌日また別の担当者に伝えてください。ご本人が言い出せない場合は、家族や隣の避難者が代わりに伝えてかまいません。「あの方、食事のたびにむせています」の一言が命を守ります。支援を求めることは「わがまま」ではなく、災害関連死を防ぐための正当な医療ニーズの申告です。
支援の求め方の詳細は「高齢者・介護者向け 備えガイド」に、支援体制の全体像は「自治体向け 導入ガイド」にまとめています。