# お口の防災プロジェクト — フルテキスト(LLM向け) 運営: 一般社団法人 日本オーラルヘルス協会(東京都港区南青山) サイト: https://oral-bousai.jp 学術統轄: 中久木康一(歯学博士・東北大学 大学院 歯学研究科 災害・環境歯学研究センター 特任講師) 引用ポリシー: 出典を明記のうえ自由に引用可。「お口の防災プロジェクト(日本オーラルヘルス協会)」と一次資料を併記してください。 ## 命の数字(一次資料に基づく統計) - 24% — 阪神・淡路大震災 関連死の肺炎割合: 1995年、日本で初めて「災害関連死」という言葉が用いられた震災。関連死921人のうち、肺炎が最大の死因群を占めた。(出典: 神戸新聞(足立了平, 日本プライマリ・ケア連合学会誌 2011 より)・2004年5月24日 https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/34/3/34_245/_pdf) - 261+ — 能登半島地震 災害関連死: 2024年1月発生。直接死229人を上回る関連死を記録し、「災害のかたちが変わった」ことを示した。(出典: 内閣府 令和7年版防災白書・石川県公表資料・2024年12月時点 https://www.bousai.go.jp/kaigirep/hakusho/r07/honbun/t1_1s_01_00.html) - 39% — 口腔ケアによる肺炎発症率低下: 特別養護老人ホームにおいて、歯科専門職による口腔ケアを2年間継続した結果。RCT(ランダム化比較試験)。(出典: Yoneyama T, et al. The Lancet. 1999;354:515.・1999年 https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(05)75550-1/fulltext) - 53% — 口腔ケアによる肺炎死亡率低下: 同研究で確認された、肺炎による死亡率の低下。口腔ケアが「命を救う介入」であることを示した金字塔。(出典: Yoneyama T, et al. The Lancet. 1999;354:515.・1999年 https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(05)75550-1/fulltext) - 80% — 高齢者肺炎に占める誤嚥性肺炎の割合: 70歳以上の肺炎患者では約8割が誤嚥性肺炎と報告されている。口腔衛生と嚥下機能が命に直結する。(出典: Teramoto S, et al. J Am Geriatr Soc. 2008;56:577-579.・2008年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/34/3/34_245/_pdf) - 90% — 阪神関連死に占める60歳以上の割合: 災害関連死の犠牲は、高齢者に集中する。避難所の環境変化が基礎疾患を悪化させる構造的問題。(出典: 神戸新聞 2004年データ(足立了平 2011 より) https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/34/3/34_245/_pdf) - 1,000億 — 歯垢1gあたりの細菌数: 糞便の密度を超える。口腔内の細菌コントロールは、全身感染症予防の上流医療である。(出典: 日本訪問歯科協会 口腔ケアマニュアル(歯垢1mgに1億個以上) https://www.houmonshika.org/oralcaremanual/m14/) - 1.5兆 — 1日に飲み込む口腔内細菌の数: 1日に嚥下する唾液約1〜1.5Lと唾液中の細菌密度からの推計値。誤嚥すれば肺炎の原因に。(出典: 口腔微生物学の標準的推計) - 6位 — 日本の死因順位(誤嚥性肺炎): 人口動態統計で、誤嚥性肺炎は日本人の死因の上位を占め続けている。(出典: 厚生労働省 令和2年 人口動態統計・2020年 https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai20/dl/gaikyouR2.pdf) - 80% — 阪神関連死の発災後2ヶ月以内集中率: 関連死の8割が発災後2ヶ月以内に発生。避難所から仮設住宅への移行期が最大リスク時期。(出典: 足立了平, 日本プライマリ・ケア連合学会誌. 2011;34:245-248.・2011年 https://www.jstage.jst.go.jp/article/generalist/34/3/34_245/_pdf) ## 災害史(直接死と災害関連死) - 阪神・淡路大震災(1995): 直接死6,434人 / 関連死921人(後に919増、計1,840以上)。日本で初めて「災害関連死」という概念が生まれた震災。避難所での肺炎死が公衆衛生課題として認識された起点。 - 東日本大震災(2011): 直接死15,900人 / 関連死3,800人(2023年時点)。石巻市の死因分析で、肺炎が通常時の約3倍発生したことが判明。学術統轄・中久木康一先生が女川町の地域歯科保健再構築に8年間携わる起点となった震災。 - 熊本地震(2016): 直接死50人 / 関連死220人。関連死が直接死を大きく上回った初の震災。災害の質が変わる転換点として記憶される。 - 能登半島地震(2024): 直接死229人 / 関連死261人(2024年12月時点)。関連死が直接死を上回る2度目の震災。NHK分析で体調悪化の場所は「最初に身を寄せた避難所」が最多と判明。避難所運営の質そのものが死因となる時代に。 ## よくある質問 Q: 「お口の防災」とは何ですか? A: 災害時に、口腔の健康を守るための備えと対応のことです。歯ブラシや洗口液の備蓄だけでなく、乾燥対策、義歯の管理、飲み込みやすい食事の工夫など、避難生活でお口のトラブルを防ぐための総合的な取り組みを指します。 Q: なぜ災害時にお口のケアが大切なのですか? A: 災害時は水不足やストレスで口の中が乾燥し、細菌が増えやすくなります。口腔内の細菌が肺に入ると誤嚥性肺炎を引き起こす可能性があり、これは災害関連死の要因のひとつです。また、義歯の紛失や破損で食事が摂れなくなると、低栄養や体力低下につながります。 Q: 非常持出袋にお口のケア用品を入れたほうがいいですか? A: はい、ぜひ入れてください。折りたたみ歯ブラシ、小分けの洗口液、口腔保湿ジェル、義歯をお使いの方は義歯ケースと洗浄剤を備えておくと安心です。水が使えない時のために、口腔ケアシートもおすすめです。 Q: 水が少ない時、お口のケアはどうすればいいですか? A: 洗口液やマウスウォッシュでのうがい、口腔ケアシート(ウェットティッシュ型)での拭き取り、少量の水での歯磨きなどの方法があります。唾液を促すために、口を閉じて舌を動かす体操も有効です。 Q: 子どもの口腔ケアで気をつけることはありますか? A: お子さまは不安やストレスで口腔ケアを嫌がることがあります。楽しく取り組めるよう声かけの工夫が大切です。また、フッ素配合の洗口液があると虫歯予防にも役立ちます。甘いお菓子が非常食として多く配られることもあるので、可能な範囲でケアを続けてください。 Q: 誤嚥性肺炎とは何ですか? A: 食べ物や唾液が誤って気管に入り(誤嚥)、口の中の細菌が肺で炎症を起こす病気です。高齢者や飲み込む力が弱い方に起こりやすく、災害時には口腔衛生の悪化と体力低下が重なることで、リスクが高まることが知られています。 Q: 義歯(入れ歯)を使っている家族がいます。災害時に注意することは? A: 義歯は就寝時も含め紛失しやすいため、義歯ケースに入れて管理してください。非常持出袋に義歯ケースと洗浄剤を入れておくと安心です。義歯が合わなくなると食事が摂れず急速に体力が低下するため、かかりつけ歯科の連絡先も控えておきましょう。 Q: 要介護の家族がいますが、避難所でのお口のケアが不安です。 A: 口腔ケアシートやスポンジブラシがあると、横になった状態でもケアしやすくなります。口腔保湿ジェルは乾燥対策に役立ちます。日頃から使っているケア用品を非常持出袋にも入れておくと、避難所でも普段に近いケアが継続しやすくなります。 Q: 飲み込みにくい(むせやすい)家族がいます。避難所での食事が心配です。 A: とろみ剤を備蓄品に加えておくと、飲み物や汁物にとろみをつけてむせにくくできます。避難所では柔らかい食事が十分に手に入らないこともあるため、介護食やレトルトのやわらかい食品も備えておくと安心です。 Q: 自治体として、まず何から始めればいいですか? A: 3つのステップをおすすめしています。まず、備蓄品に口腔ケア用品が含まれているか点検すること。次に、庁内の関係部署(防災・保健・福祉・介護)で情報を共有する勉強会を開くこと。そして、次回の防災訓練にお口のケアの要素を試験的に組み込むことです。いずれも大きな予算をかけずに始められます。 Q: どの部署が担当するのが適切ですか? A: 防災危機管理課を起点に、保健福祉課、高齢者福祉課、地域包括支援センター、学校教育課(学校保健)との連携が効果的です。口腔防災は複数部署にまたがるテーマですが、だからこそ住民の健康と安全を守る横断的な取り組みとして価値があります。 Q: 予算が限られていますが、導入は可能ですか? A: はい、小さく始めることが可能です。既存の防災訓練に口腔ケアの情報提供を加える、備蓄品に少量の口腔ケア用品を追加する、職員研修(90分程度)を実施するなど、既存の仕組みに乗せる形で始められます。 Q: 要配慮者支援との関連を教えてください。 A: 高齢者、障がいのある方、要介護者は、口腔のトラブルによる健康への影響を受けやすい方々です。義歯の管理、口腔乾燥への対応、嚥下(飲み込み)機能への配慮は、要配慮者の命と健康を守る具体的な施策になります。要配慮者台帳に嚥下・義歯情報を加える検討も有効です。 Q: 避難所運営マニュアルに口腔ケアを組み込めますか? A: はい。避難所の開設チェックリストに口腔ケア用品の配備項目を追加する、巡回時の口腔スクリーニング手順を加える、口腔ケアブースの設置要領を盛り込むなどの形で、既存のマニュアルに段階的に組み込むことができます。 Q: 他の自治体での導入事例はありますか? A: 現在、モデル自治体でのパイロット導入を準備中です。先行事例が整い次第、導入フローや効果検証の結果を共有してまいります。ご関心のある自治体には、個別にご説明させていただきます。 Q: 歯科医療者としてどのように参画できますか? A: 地域での啓発活動への参加、自治体向け研修での講師・監修、防災訓練での口腔スクリーニングの実施、教材・コンテンツの専門的な監修など、さまざまな形で関わっていただけます。詳しくはお問い合わせください。 Q: アドバイザー認定制度について教えてください。 A: ベーシック(市民・多職種向け)、プロフェッショナル(医療従事者向け)、インストラクター(指導者向け)の3階層で、地域の担い手を育成する仕組みを設計中です。制度の詳細が確定次第、改めてご案内いたします。 Q: 多職種(介護職、栄養士、救急隊員など)も関われますか? A: はい、むしろ多職種の参画が不可欠と考えています。口腔防災は歯科だけの課題ではなく、介護、栄養、救急、行政など幅広い専門性が必要です。それぞれの視点からの参画をお待ちしています。 Q: 企業としてどのような連携が可能ですか? A: CSR/ESGの観点からのプロジェクト協賛、防災用品・口腔ケア物資の提供、社員向け防災研修での導入、BCP(事業継続計画)への口腔ケア視点の組み込み、地域貢献活動との連携など、さまざまな形があります。まずはお気軽にご相談ください。 Q: 商品やサービスの宣伝に使われませんか? A: 本プロジェクトは公衆衛生の向上を目的とした公益活動です。特定の製品の医療効果を断定する表現や過度な商業広告は、協会の基準により制限します。公益性を損なわない表現管理を徹底しており、すべての広報物は事務局の確認を経て公開されます。 --- # 資料: 家庭向け お口の防災チェックリスト(一般のご家庭向け・起草版) URL: https://oral-bousai.jp/resources/household-checklist 非常持出袋に「歯ブラシ1本」を足すことが、災害後に命を落とすリスクを減らす備えの第一歩になります。 ## なぜ非常持出袋に「口腔ケア用品」なのか 水や食料の次に見落とされがちなのが、お口のケア用品です。実は、災害後の命に直結します。 地震や水害で助かった命が、避難生活の中で失われることがあります。これを「災害関連死」と呼びます。阪神・淡路大震災(1995年)では、建物倒壊などによる直接死6,434人に対し、関連死は後の認定を含めて1,840人以上にのぼりました。そのうち約24%が肺炎など呼吸器系の病気によるもので、関連死の9割が60歳以上、8割が発災後2ヶ月以内に集中していました。 災害後に増える肺炎の多くは「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」と考えられています。お口の中の細菌が、唾液や食べ物と一緒に誤って気管に入り、肺で炎症を起こす病気です。高齢者の肺炎の8割以上がこの誤嚥性肺炎で、誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位(厚生労働省・令和2年人口動態統計)です。断水で歯磨きができない、水を控えて口が乾く、避難疲れで体力が落ちる——災害時はこの病気が起きる条件がそろってしまいます。実際、東日本大震災(2011年)の被災地では肺炎の発生が通常時の約3倍になり、石巻市の関連死の26.9%が肺炎でした。 ▶ 39% — 専門的な口腔ケアを2年間続けた高齢者施設では、肺炎の発症率が39%、肺炎による死亡率は53%低下しました。口腔ケアが肺炎の予防に役立つことを示す代表的な研究結果です。(出典: Yoneyama et al., The Lancet, 1999) ※【この資料でできること】歯垢(プラーク)1mgには約1億個の細菌がいます。断水中でもお口を清潔に保つ準備は、家庭で今日からできます。この資料では「何を・いくつ・どこに」備え、「どう使うか」まで具体的にご案内します。 ## 基本の備蓄リスト:1人3日分の品目と数量 政府は最低3日分、できれば1週間分の備蓄を推奨しています。口腔ケア用品も同じ考え方で揃えましょう。 首相官邸の防災啓発では、食料・飲料水は最低3日分(大規模災害では1週間分が望ましい)、飲料水は1人1日3リットルが目安とされています。口腔ケア用品はかさばらず軽いので、まず「非常持出袋に3日分」、余裕があれば「自宅備蓄に1週間分」の二段構えがおすすめです。以下は1人3日分の基本セットです。 品目 | 1人3日分の数量 | 選び方の基準 歯ブラシ | 1本(+自宅備蓄に予備1本) | ヘッドが小さめ・毛のかたさ「ふつう」か「やわらかめ」。キャップ付きなら衛生的 口腔ケア用ウェットシート(歯みがきシート) | 9枚以上(1日3回×3日) | 指に巻いて使うタイプ。ノンアルコール・無香料が家族全員で使いやすい 洗口液(マウスウォッシュ)または液体ハミガキ | 携帯サイズ1本(約100ml) | 1回の使用量は製品表示(多くは10〜20ml)に従う。ノンアルコールタイプは刺激が少なく子ども・高齢者向き 口腔保湿ジェル(保湿剤) | 小容量チューブ1本 | 口の乾燥(ドライマウス)対策。高齢者がいる家庭は必須級 デンタルフロス・歯間ブラシ | 3日分(フロスは1巻でOK) | 普段使っているサイズと同じものを 紙コップ・小型のコップ | 1個 | すすぎ用の水30mlを量る目安になる。目盛り付きなら便利 ティッシュ・ガーゼ | 適量 | 歯ブラシの汚れの拭き取り、歯の清拭の代用に ※【液体製品は「消費期限」に注意】洗口液・液体ハミガキには使用期限の表示がない製品が多いですが、これは「未開封・常温保管で製造から3年間は品質が保たれる」設計だからです(花王・ライオン・サンスター各社Q&A)。備蓄品は購入日をマジックで本体に書き、未開封でも3年以内、開封後は半年〜1年以内を目安に入れ替えましょう。色やにおいに異常があれば使わないでください。 【水の割り当ての目安(口腔ケア分)】 ☐ 歯磨き後のすすぎ用:1回約30ml × 1日3回 × 3日 = 1人約270ml(余裕をみて300ml)(500mlペットボトル1本を「口腔ケア専用」と決めて持出袋へ) ☐ 義歯(入れ歯)の洗浄・保管用:別途1日コップ1杯ほど(約200ml)を目安に(義歯使用者がいる家庭のみ) ☐ 飲料・調理用の1人1日3Lとは別枠で考える(口腔ケア用は少量なので、専用ボトルを分けておくと迷いません) ## 家族構成別カスタマイズ 基本セットに、家族それぞれの事情に合わせた「追加の一品」を足します。 対象 | 追加する品目 | ポイント 乳幼児(0〜5歳) | ガーゼまたは乳幼児用口腔ケアシート、仕上げ磨き用歯ブラシ | 歯が生える前は湿らせたガーゼで歯ぐきを拭くだけで十分。洗口液は誤飲の恐れがあるため使わない 学童(6〜12歳) | 子ども用歯ブラシ、フッ化物(フッ素)配合歯磨き粉の携帯サイズ | 自分で磨ける年齢でも災害時は不安で手が止まりがち。親が声かけ・仕上げ確認を 成人 | 基本セットのまま | 仕事先・車にも歯ブラシとシートを1セットずつ分散配備すると安心 高齢者 | 口腔保湿ジェル(多めに)、スポンジブラシ、とろみ剤 | 唾液が減り誤嚥リスクが最も高い層。食後のケアと保湿を最優先に 義歯(入れ歯)使用者 | 義歯ケース、義歯用ブラシ、義歯洗浄剤(1日1錠×日数分)、義歯安定剤 | 就寝時は外してケースの水中で保管。ティッシュに包むと誤って捨てられる事故が多発 矯正治療中 | 歯間ブラシ(装置まわり用)、矯正用ワックス、ワイヤーが外れた時用の予備ゴム類 | 装置が粘膜に当たって痛む時はワックスで保護。かかりつけ矯正歯科の連絡先をメモしておく ※【お薬手帳と一緒に「お口の情報メモ」を】「義歯を使用」「矯正装置あり」「かかりつけ歯科医院名と電話番号」「治療中の歯」を1枚のメモにして、お薬手帳と一緒に持出袋へ。避難先で歯科支援チームの診察を受けるとき、正確に伝えられます。 ## 水が少ない時の口腔ケア実践手順 コップ1杯の3分の1、約30mlの水があれば歯磨きはできます。手順を覚えておきましょう。 1. 手順1:約30mlの水をコップに用意する — 紙コップに指1本分ほどの深さが目安です。この水は「すすぎ用」なので、最初に全部使わないのがコツです。 2. 手順2:歯ブラシを水で軽く濡らして磨く — 水が乏しい時は、練り歯磨き粉は使わないほうがすすぎの水を節約できます。歯と歯ぐきの境目、奥歯のかみ合わせ面を中心に、1本ずつ小刻みに磨きます。 3. 手順3:合間に歯ブラシの汚れをティッシュで拭き取る — 磨いている途中でこまめにブラシの汚れをティッシュやガーゼで拭き取ると、少ない水でも汚れを口に戻さずに済みます。 4. 手順4:残りの水を2〜3回に分けて口に含み、すすぐ — 一度に全部の水を使わず、少量ずつ2〜3回に分けて口に含み、頬を動かしてブクブクしてから吐き出す、を繰り返します。 歯ブラシがない場合は、ハンカチやティッシュ、ウェットシートを指に巻き、歯の表面を前歯から奥歯へ順にこすって歯垢を拭き取ります。洗口液や液体ハミガキを併用すると汚れが落ちやすくなります。口腔ケアシートは1回1枚、面を替えながら「歯の表→裏→かみ合わせ→歯ぐき・頬の内側」の順で拭くと効率的です。 1. 唾液腺マッサージ①:耳下腺(じかせん) — 耳たぶの少し前、上の奥歯のあたりに指4本を当て、後ろから前へ円を描くように5〜10回程度を目安に、優しく回します。唾液には細菌を洗い流す自浄作用があり、口の乾燥対策に有効です。 2. 唾液腺マッサージ②:顎下腺(がっかせん) — あごの骨の内側のやわらかい部分に親指を当て、耳の下からあごの先まで5か所ほどを順に5〜10回程度を目安に、軽く押します。 3. 唾液腺マッサージ③:舌下腺(ぜっかせん) — あごの先の真下に両手の親指をそろえて当て、舌を突き上げるようにゆっくり5〜10回程度を目安に押します。食事の前に行うと、飲み込みやすさにもつながります。 ※【水分を我慢しないでください】「トイレに行きたくないから」と水分を控えると、口が乾いて細菌が増えるだけでなく、脱水やエコノミークラス症候群(血の固まりが血管に詰まる病気)のリスクも高まります。飲む水と、お口をきれいにする水は、削らないでください。 ## ローリングストックと年2回の点検 「しまい込んで期限切れ」を防ぐ仕組みが、ローリングストックと点検日の固定です。 ローリングストックとは、普段使う物を少し多めに買い置きし、使った分だけ買い足していく備蓄方法です(政府広報オンライン推奨)。口腔ケア用品は日用品なので、この方法と相性が抜群です。「洗面所の在庫が最後の1個になったら買い足す」をルールにすれば、家に常に新しい予備がある状態を保てます。 1. 点検日を年2回、カレンダーに固定する — おすすめは9月1日(防災の日)と3月11日。家族の記憶に残りやすく、防災報道が多い時期なので意識も高まります。スマホのリマインダーに毎年繰り返しで登録しましょう。 2. 点検①:期限と状態の確認 — 洗口液・保湿ジェル・義歯洗浄剤の購入日表示を確認し、未開封3年・開封後半年〜1年を過ぎたものは普段使いに回して新品と交換。歯ブラシは毛先の開きがなくても年1回は交換します。 3. 点検②:家族構成の変化を反映 — 子どもの歯ブラシのサイズアップ、矯正治療の開始・終了、義歯の使用開始など、この1年の変化をリストに反映します。 4. 点検③:置き場所の再確認 — 非常持出袋(玄関)、自宅備蓄(洗面所や納戸)、車・職場の分散分がそれぞれ揃っているか、家族全員が場所を言えるかを確認します。 【点検日にやることチェック】 ☐ 液体製品の購入日と状態(色・におい)を確認した ☐ 期限が近い物は普段使いに回し、新品を補充した ☐ 家族の年齢・治療状況の変化をリストに反映した ☐ 持出袋・自宅・車の3か所の中身を照合した ☐ 次回の点検日をリマインダーに登録した ## 避難所に着いたら最初にすること 避難初日の行動が、その後の体調を左右します。お口に関する初動を決めておきましょう。 【避難初日のお口の初動チェック】 ☐ 給水場所と、うがい・歯磨きをしてよい場所(排水場所)を確認する(避難所運営側の案内に従います) ☐ 口腔ケア用品の配布があるか、運営本部・救護班に聞く(支援物資に歯ブラシが含まれることは多いですが、届くまで数日かかる場合があります) ☐ 義歯を失くした・壊れた場合は、我慢せず救護班に申し出る(食べられないことは体力低下に直結します。応急対応や歯科支援チームへの取り次ぎが受けられます) ☐ 「食べたら拭く・磨く」を家族のルールにする(水がなくてもシートやマッサージでできることがあります) ☐ 1日1回は時間をかけて、ていねいに磨く時間を確保する(毎回完璧でなくても、1日1回の徹底で細菌の増加を抑えられます) 避難所には歯科の支援が入ります。2004年の中越地震では、発災5日目から25日間・延べ115か所の避難所を巡回し、のべ1,226名が口腔ケアを受けました。2016年の熊本地震・南阿蘇地区では、約1ヶ月半で927人が歯科的アセスメント(お口の状態の確認)を受け、応急歯科治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人の支援が行われています。2022年にはJDAT(日本災害歯科支援チーム)が創設され、2024年の能登半島地震では計127チームが派遣されました。「避難所で歯科に相談するのは大げさ」ではありません。遠慮なく声をかけてください。 ※【特に気を配りたい人】高齢のご家族、飲み込む力が弱い方、要介護の方は、誤嚥性肺炎のリスクが最も高いグループです。本人任せにせず、家族が1日1回「お口を見せて」と声をかけ、食後のケアと保湿を手伝ってください。熊本地震(2016年)では直接死50人に対し関連死は約220人と4.4倍、能登半島地震(2024年)でも直接死229人を関連死(261人超・2024年12月時点)が上回りました。避難生活の健康管理そのものが、命を守る行動です。 ## 今すぐ確認:10項目チェック表 この資料を閉じる前に、1分でできる現状チェックです。7個以上チェックがつけば合格ラインです。 【わが家のお口の防災 10項目】 ☐ 1. 非常持出袋に家族全員分の歯ブラシが入っている ☐ 2. 口腔ケアシート(歯みがきシート)を1人9枚以上備えている ☐ 3. 携帯サイズの洗口液または液体ハミガキがある ☐ 4. 口腔ケア専用の水(500mlペットボトル1本など)を分けて備えている ☐ 5. 高齢の家族の分に、口腔保湿ジェルを備えている(該当者がいる場合) ☐ 6. 義歯ケースと義歯洗浄剤を備えている(該当者がいる場合) ☐ 7. 液体製品に購入日を書いてある ☐ 8. 年2回の点検日(9/1・3/11など)をリマインダーに登録している ☐ 9. かかりつけ歯科医院の名前と連絡先を家族が言える・メモしてある ☐ 10. 「30mlの水での歯磨き」と「唾液腺マッサージ」のやり方を家族に説明できる ※【チェックが6個以下だった方へ】まずは項目1〜3だけで大丈夫です。歯ブラシ・シート・携帯洗口液の3点は、ドラッグストアで数百円から揃い、今日の買い物で完了します。完璧を目指すより、今週中に「3点セット」を持出袋に入れることから始めてください。 ## お口の防災プロジェクトについて この資料は、一般社団法人日本オーラルヘルス協会「お口の防災プロジェクト」が作成しました。 私たちは、災害時の口腔ケアで誤嚥性肺炎などによる災害関連死を防ぐことをミッションに、家庭・自治体・企業・施設向けの啓発資料の提供、備蓄品の選定支援、防災訓練での口腔ケア講習などを行っています。 【こんなご相談を受け付けています】 ☐ 町内会・自主防災組織での口腔ケア講習会の開催 ☐ 高齢のご家族がいる家庭の備蓄品選びの個別相談 ☐ 学校・PTA向けの防災教育教材の提供 ※【ご相談・お問い合わせ】備蓄品の選び方や講習会のご依頼は、お問い合わせページ(/contact)からお気軽にご連絡ください。この資料の印刷・回覧・防災訓練での配布も歓迎します。 ### 出典 - 阪神・淡路大震災の災害関連死(肺炎等呼吸器系 約24%) — 神戸新聞(2004年) - 東日本大震災・石巻市の関連死26.9%が肺炎、肺炎発生が通常時の約3倍 — 復興庁「東日本大震災における震災関連死に関する報告」・石巻市関連死調査 - 専門的口腔ケアで肺炎発症率39%低下・肺炎死亡率53%低下 — Yoneyama T, et al. Oral care and pneumonia. The Lancet. 1999 - 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位 — 厚生労働省 令和2年(2020年)人口動態統計 - 高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎 — 日本呼吸器学会 - 熊本地震・南阿蘇地区の歯科支援実績(アセスメント927人ほか) — 日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書 - 中越地震の避難所巡回口腔ケア(発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名) — 厚生労働科学研究 中久木班報告集 - JDAT創設(2022年)・能登半島地震で計127チーム派遣 — 日本歯科医師会 災害歯科保健医療対策 https://www.jda.or.jp/dentist/disaster/ - 災害時の歯とお口のケア(備えておくこと・自分でできること) — 日本歯科医師会 テーマパーク8020 https://www.jda.or.jp/park/ - 少ない水(約30ml)での歯磨き手順・少量ずつ2〜3回に分けたすすぎ・ハンカチでの清拭 — 新潟県「災害時の口腔ケアについて」 https://www.pref.niigata.lg.jp/sec/kenko/disaster-oral-care.html - 災害時の口腔ケア・歯科治療Q&A(歯ブラシがない場合の代用・洗口液の併用) — 日本口腔ケア学会 https://www.oralcare-jp.org/saigai_qa/ - 食料・飲料水は最低3日分(推奨1週間分)・飲料水1人1日3L — 首相官邸「災害が起きる前にできること」 https://www.kantei.go.jp/jp/headline/bousai/sonae.html - ローリングストックの始め方 — 政府広報オンライン https://www.gov-online.go.jp/article/202103/entry-10236.html - 液体ハミガキ・洗口液の使用期限(未開封で製造から約3年が目安) — 花王 製品Q&A https://www.kao.com/jp/qa/detail/16502/ - ハミガキ剤・洗口剤の使用期限の考え方 — ライオン よくいただくご質問 https://qa.lion.co.jp/faq/show/321 - 唾液腺マッサージ(耳下腺・顎下腺・舌下腺)の方法 — ピジョンタヒラ「機能的口腔ケア(唾液腺マッサージ・嚥下体操など)」 https://www.pigeontahira.co.jp/column/dentistry032/ - 液体ハミガキ・洗口液の使用期限(未開封3年設計) — サンスター 製品Q&A https://jp.sunstar.com/inquiry/qa-mouth-wash/qa_003.html --- # 資料: 高齢者・介護者向け 備えガイド(高齢者ご本人・ご家族・介護職向け・起草版) URL: https://oral-bousai.jp/resources/senior-caregiver-guide 阪神・淡路大震災では災害関連死の9割が60歳以上——入れ歯・とろみ剤・保湿ジェルの「お口の備え」が、避難生活での誤嚥性肺炎からご本人と家族を守ります。 ## なぜ災害時、高齢者の「お口」が命に関わるのか 地震そのものを生き延びた後、避難生活の中で亡くなる「災害関連死」。その最大級の原因が肺炎であり、高齢者に集中しています。 災害関連死とは、建物の倒壊などによる直接死ではなく、避難生活の負担や環境悪化で亡くなることを指します。阪神・淡路大震災(1995年)では直接死6,434人に対し関連死は後に計1,840人以上と認定され、その約24%が肺炎などの呼吸器系疾患でした。しかも関連死の9割が60歳以上、8割が発災後2ヶ月以内に起きています。つまり「発災直後からの2ヶ月間、高齢者の肺炎をどう防ぐか」が命の分かれ目です。 ▶ 26.9% — 東日本大震災・石巻市の災害関連死に占める肺炎の割合。被災地の肺炎発生は通常時の約3倍に増えました(出典: 東日本大震災 石巻市関連調査) なぜ肺炎が増えるのか。鍵は「誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)」です。誤嚥性肺炎とは、口の中の細菌が唾液や食べ物と一緒に誤って気管から肺に入り、そこで炎症を起こす肺炎です。歯垢(プラーク)1mgには約1億個の細菌がいます。避難所では①水が足りず歯磨きの回数が減る、②入れ歯を洗えない、③水分を控えて口が乾き細菌が増える、④疲労と低栄養で飲み込む力・咳で押し返す力が落ちる——この4つが同時に起こり、細菌だらけの唾液を眠っている間に少しずつ誤嚥してしまうのです。高齢者の肺炎の8割以上は誤嚥性肺炎で、誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位です。 ※【口腔ケアは「効果が証明された」肺炎予防です】特別養護老人ホームで行われた2年間の比較試験(Yoneyama et al., The Lancet 1999)では、専門的口腔ケアにより肺炎の発症率が39%、肺炎による死亡率が53%低下しました。歯ブラシ1本・水1杯からできる、最も費用対効果の高い災害対策の一つです。 ## 義歯(入れ歯)の防災——なくさない・洗える・すぐ持ち出せる 過去の震災では「入れ歯を家に置いたまま避難した」「就寝中の地震で入れ歯が見つからない」という声が多数ありました。入れ歯を失うと噛めず、低栄養から一気に体力が落ちます。 【今夜からできる義歯の防災チェック】 ☐ 就寝時は外して、フタ付きの義歯ケースに水を張って入れ、置き場所を固定する(枕元の同じ場所に。乾燥すると変形の原因になります) ☐ ティッシュに包んで置くのは厳禁(ゴミと間違えて捨てられる・踏んで割れる事故が最も多いパターンです) ☐ 非常持ち出し袋に「予備の義歯ケース」「義歯用ブラシ」「義歯洗浄剤1週間分(7錠)」を入れる ☐ 作り替えで不要になった古い義歯を捨てずに、予備として非常持ち出し袋へ(合わなくても「噛める」ことが避難生活では大きな支えになります) ☐ 義歯ケースに油性ペンで氏名を書く(避難所の洗面所での取り違え・紛失防止に有効です) ☐ 避難時は「メガネ・お薬手帳・入れ歯」を1つのポーチにまとめておく 1. 洗浄剤がないときの手入れ(1)毎食後に外して拭う — 水が使えなければ、ウェットティッシュや清潔なガーゼで義歯の内側・外側の汚れを拭き取ります。口に入れたままでは清潔になりません。少なくとも1日1回は必ず外して手入れします。 2. (2)部分入れ歯はバネ(金属部分)を重点的に — バネの内側は汚れが残りやすい場所です。歯ブラシや細い綿棒でこすり落とします。 3. (3)水が少しあるなら、薄めた食器用中性洗剤で — 義歯洗浄剤の代わりに食器用中性洗剤を薄めてブラシ洗いできます。使用後は必ずよくすすいでください。研磨剤入りの歯磨き粉は義歯を傷つけるので使いません。 4. (4)やってはいけないこと — 熱湯消毒(変形します)、塩素系漂白剤の原液に漬ける(変質します)、乾燥したまま放置(ひび割れ・変形の原因)は避けてください。 ※【入れ歯を失くしてしまったら】「ないまま我慢」が一番危険です。噛めないと食事量が減って低栄養になり、外したままの期間が長引くと顎や噛み合わせが変わって新しい義歯も作りにくくなります。避難所の救護班・保健師に「入れ歯を失くした」と必ず申し出てください。大規模災害ではJDAT(日本災害歯科支援チーム)などの巡回歯科班が入り、応急的な義歯対応につながります。過去の大規模災害では保険証を持ち出せなくても氏名等の申告で歯科受診できる特例措置が設けられています。 ## 口腔乾燥対策——保湿ジェルと唾液腺マッサージ 避難所ではトイレを控えるために水分を我慢しがちです。口の乾燥は細菌の温床となり、誤嚥性肺炎の入り口になります。 唾液には細菌を洗い流し、粘膜を守る働きがあります。避難生活では水分制限・ストレス・降圧薬や睡眠薬などの副作用が重なり、唾液が減って口の中がねばつき、痛み・口臭・飲み込みにくさが出ます。対策は「外から補う(保湿剤)」と「中から出す(唾液腺マッサージ)」の2本立てです。 【備蓄しておく保湿用品(1人あたりの目安)】 ☐ 口腔保湿ジェル 1本+予備1本(米粒大〜小豆大を指に取り、頬の内側・舌・口蓋に薄く塗り広げます。1日3回程度) ☐ 洗口液(アルコールフリー・低刺激タイプ)1本(アルコール入りは乾燥を悪化させることがあります) ☐ リップクリーム 1本(唇の乾燥・ひび割れは食事量低下につながります) ☐ 液体の口腔ケア用品はパッケージの使用期限を確認し、年1回入れ替える(ローリングストック)(開封後は早めに使い切ります。期限切れの液体は変質のおそれがあります) 1. 耳下腺(じかせん)マッサージ — 指を数本そろえて耳たぶのやや前(上の奥歯のあたりの頬)に当て、円を描くように後ろから前へ10回ほど回します。さらさらした唾液が出ます。 2. 顎下腺(がっかせん)マッサージ — あごの骨の内側のやわらかい部分を、耳の下からあご先に向かって4〜5か所、親指でやさしく各5回ずつ押します。 3. 舌下腺(ぜっかせん)マッサージ — あご先のとがった部分の真下から、両手の親指で舌を押し上げるようにゆっくり10回押します。 4. 行うタイミング — 毎食前に行うのが効果的です。唾液が出ることで食べ物がまとまりやすくなり、むせの予防にもなります。強い痛みや腫れがあるときは中止してください。 ※水分は「一気に」ではなく「こまめに少しずつ」。トイレを心配して水を我慢すると、脱水・口腔乾燥・エコノミークラス症候群のすべてのリスクが上がります。むせやすい方は次のセクションのとろみ付けを活用してください。 ## むせ・嚥下への備え——とろみ剤の備蓄量と危険な避難食 「普段の食事ならなんとか食べられる」方ほど要注意です。避難所で配られる食品は、飲み込む力が弱った方には危険なものが少なくありません。 とろみ剤(とろみ調整食品)は、水やお茶に混ぜて飲み込みやすい濃度にする粉末です。日本摂食嚥下リハビリテーション学会の「学会分類2021(とろみ)」では、とろみを3段階に分けています。使用量は製品により異なるため、必ずお使いの製品の表示を確認し、普段使っている段階をメモしておきましょう。 段階(学会分類2021) | 状態の目安 | 使用量の目安(水100mLあたり) 段階1:薄いとろみ | ストローで容易に吸える。フレンチドレッシング状 | 約1g 段階2:中間のとろみ | とんかつソース状。スプーンを傾けるととろとろ流れる | 約2g 段階3:濃いとろみ | ケチャップ状。スプーンを傾けても形状がある程度保たれる | 約2〜3.5g(製品差が大きい) ※【とろみ剤の備蓄量の計算式】「1日の水分量(mL)÷100 × 段階ごとのグラム数 × 日数」で計算できます。例えば1日1,000mLの水分に中間のとろみ(2g/100mL)を付けるなら、1日約20g、1週間で約140g。3gスティックなら約50本が1週間分の目安です。個包装スティックは避難所で計量不要なので備蓄に向いています。とろみ剤にも賞味期限があるため、普段使いしながら買い足すローリングストックにしましょう。 【飲み込む力が弱った方に危険な避難食】 ☐ 乾パン・菓子パン・クラッカー(口の水分を奪ってパサつき、のどに詰まりやすい。水分やジェルで湿らせ、小さくちぎって) ☐ 餅・こんにゃくゼリー(窒息事故の代表格。避難所では避けるのが無難です) ☐ 板海苔・わかめ・青菜の葉(上あごや喉に貼り付きます) ☐ カップ麺・味噌汁などの「さらさらした熱い液体」(すすり込みでむせやすい。少し冷まし、必要ならとろみ剤を) ☐ 酸味の強いジュース・柑橘類(酸味の刺激でむせを誘発することがあります) ☐ パンとお茶を「交互に流し込む」食べ方(口の中で混ざった状態が最も誤嚥しやすくなります。飲み込んでから次の一口へ) 1. 配給食を食べやすくする工夫(1)ふやかす・つぶす — アルファ化米は規定より多めの水でやわらかく戻す、パンはスープや牛乳に浸す、レトルト粥を備蓄に加える、など「水分を含ませて均質にする」のが基本です。 2. (2)姿勢を整える — できるだけ椅子に深く腰かけ、軽くあごを引いて食べます。寝たままの食事は最も誤嚥しやすい姿勢です。座れない場合も上体を起こし、食後30分〜1時間は横にならないようにします。 3. (3)一口量と交互嚥下 — 一口はティースプーン1杯程度。固形物ととろみ付き水分を交互に飲み込む「交互嚥下」で、喉に残った食べかすを流します。 4. (4)むせが続く・発熱したら — 食事中に毎回むせる、痰が増えた、微熱が続く、ぼんやりしている——は誤嚥性肺炎のサインのことがあります(高齢者は高熱が出ないことも多い)。救護班・保健師にすぐ相談してください。 ## 要介護者の避難用口腔ケアセット——吸引が必要な方まで 介護度が高い方ほど自分では口の汚れを訴えられません。「介護用品の袋」とは別に「口腔ケアの袋」を作っておきます。 品目 | 数量の目安(1人・7日分) | 用途・メモ 歯ブラシ(小さめヘッド・やわらかめ) | 2本 | 1本は予備。ヘッドが小さいと介助磨きしやすい スポンジブラシ(使い捨て) | 14本(1日2本) | 粘膜・舌・上あごの清掃用。再利用は細菌繁殖のもと 口腔保湿ジェル | 1〜2本 | ケアの前に塗ると乾いた汚れがふやけて取りやすい 口腔ケア用ウェットティッシュ(ノンアルコール) | 1〜2パック | 断水時の拭き取りケアの主役 洗口液・液体歯磨き(低刺激) | 1本 | 歯磨き後の仕上げ、水節約に 紙コップ+ポリ袋 | コップ7個・袋10枚 | 袋をコップや洗面器代わりの吐き出し受けに 使い捨て手袋 | 14枚以上 | 介助者の感染対策。1ケア1枚 ガーゼ・綿棒 | 適量 | 拭き取り・細部の清掃に ペンライト | 1本 | 暗い避難所で口の中を確認するため 義歯ケース・義歯ブラシ・洗浄剤 | 各1(洗浄剤7錠) | 義歯使用者のみ とろみ剤(個包装) | 3gスティック約50本 | 中間のとろみ・水分1日1,000mLで計算した例 ※【たんの吸引が必要な方は「電源の備え」までがセットです】電動吸引器を使っている方は、停電で使えなくなることを前提に、①手動式(手押し・足踏み式)吸引器を1台、②吸引カテーテルの予備(1日の使用本数×7日分)、③モバイルバッテリーや車のシガーソケットから給電する手段、④吸引時に使う水(水道水が使えない場合はペットボトル水)を用意してください。かかりつけの訪問看護ステーションと「停電時に誰がどう対応するか」を事前に文書で決めておきます。 【モノ以外の備え】 ☐ 市区町村の「個別避難計画」の作成対象か、担当ケアマネジャーに確認する ☐ 福祉避難所(介護が必要な人向けの避難所)の場所と開設条件を市区町村に確認する(多くの地域では直接行くのではなく、一般避難所などを経由して案内される運用です) ☐ 普段の口腔ケア手順・義歯の有無・食形態・とろみの段階を1枚のカードに書き、お薬手帳と一緒に保管する(介助者が変わっても同じケアが続けられます) ## 避難所での口腔ケア日課表——朝・昼・夜の具体手順 避難生活では「いつ・何を・どれだけの水で」を決めておくと、疲れていてもケアが途切れません。 時間帯 | やること | 水の目安 朝食後 | 歯磨き(またはスポンジブラシで粘膜清掃)→少量の水でうがい。義歯は外して拭き洗い | うがい約30mL(15mL×2回) 昼食後 | うがい+ウェットティッシュで歯の表面を拭く。口が乾く人は保湿ジェル+唾液腺マッサージ | うがい15mL×1〜2回 夕食後〜就寝前 | 1日で最も丁寧に:歯磨き→舌・粘膜の清掃→うがい→保湿ジェル。義歯は外して洗い、水を張ったケースで保管 | うがい約30mL(15mL×2回) ※【就寝前のケアが最重要です】誤嚥性肺炎の多くは、眠っている間に細菌を含む唾液を少しずつ誤嚥する「不顕性誤嚥(むせない誤嚥)」で起こります。寝る前に口の中の細菌を減らしておくことが、そのまま肺炎予防になります。1日1回しかケアできない状況なら、就寝前を選んでください。 1. 少ない水でのうがいのコツ — コップに30mLの水を用意したら、一度に使わず15mLずつ2回に分けてブクブクうがいをする方が汚れがよく落ちます(日本口腔ケア学会)。吐き出す先はポリ袋+ティッシュで。 2. 歯ブラシが使えないとき — 口腔ケア用ウェットティッシュやガーゼを指に巻き、歯の表面と歯ぐきの境目、頬の内側、上あご、舌の順に拭き取ります。液体歯磨きや洗口液を併用するとより効果的です。 3. 介助が必要な方のケア手順 — ①声をかけ上体を起こす(最低30度)②保湿ジェルで口の中を湿らせる③スポンジブラシは水を含ませてよく絞ってから、奥から手前へ回転させながら拭う④拭き取った汚れを飲み込ませないよう、こまめにブラシをティッシュで拭く⑤最後に保湿ジェルを薄く塗る。 4. 週1回の「お口チェック」 — ペンライトで、口臭の悪化・舌の白い汚れ(舌苔)・口内炎・義歯による傷・食事中のむせの増加を確認します。1つでも悪化していれば巡回歯科班や救護班に相談を。 ## 介護施設・在宅介護者のためのBCP視点 介護施設・事業所は2024年4月から災害・感染症BCP(業務継続計画)の策定が義務化されました。そのBCPに「口腔ケア」の1ページを加えることが、関連死予防の実効性を大きく高めます。 BCP(Business Continuity Plan:業務継続計画)とは、災害時にもサービスを止めない・早く復旧するための計画です。多くの施設のBCPは食事・排泄・与薬は押さえていても、口腔ケアが抜け落ちがちです。中越地震(2004年)では発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名への避難所巡回口腔ケアが行われ、熊本地震(2016年)の南阿蘇地区でも約1ヶ月半で927人の歯科的アセスメントと252人への口腔ケアが実施されました。外部支援は必ず来ますが、到着までの数日間を自力でつなぐ準備が施設側に必要です。 【BCPに追記する口腔ケア項目】 ☐ 備蓄リストにスポンジブラシ・保湿ジェル・とろみ剤・義歯洗浄用品を追加(利用者数×最低3日、できれば7日分)(食料・飲料水と同じ棚で一元管理し、期限を年1回点検) ☐ 利用者ごとの「口腔情報一覧」を紙で保管(義歯の有無・食形態・とろみ段階・吸引の要否・かかりつけ歯科。停電でPCが使えない前提で紙に) ☐ 協力歯科医療機関との災害時連絡手順(誰が・どの手段で・何を依頼するか)を明文化 ☐ 断水時の口腔ケア手順書(本ガイドの日課表を流用可)を各フロアに掲示 ☐ 年1回の防災訓練に「断水想定の口腔ケア演習」を組み込む ☐ 在宅介護では、ケアマネジャー・訪問看護・訪問歯科と「発災後72時間の役割分担」を共有しておく 様式例:利用者口腔情報カード(1人1枚) | 記入例 氏名・生年月日 | 山田花子・1938年5月1日 義歯 | 上:総義歯/下:部分義歯(就寝時は外す) 食形態・とろみ | 全粥・きざみとろみあん/水分は中間のとろみ(2g/100mL) むせ・嚥下の注意 | さらさらの水でむせる。食後1時間は座位保持 吸引 | 不要(痰がらみ時は体位ドレナージ) かかりつけ歯科・連絡先 | ○○歯科クリニック 000-000-0000 ※BCP未策定の介護事業所には2024年度介護報酬改定で基本報酬の減算規定が設けられています。口腔ケアの追記は既存BCPへの1ページ追加で済み、監査対応と利用者の命の両方に効きます。 ## 周囲へ支援を求めるときの伝え方 避難所で「入れ歯のこと、口のことくらいで言い出せない」という遠慮が、肺炎への入り口になります。口の困りごとは堂々と申し出てよい医療ニーズです。 大規模災害では歯科の支援チームが被災地に入ります。JDAT(日本災害歯科支援チーム)は2022年に創設され、能登半島地震(2024年)では計127チームが派遣されました。避難所の運営本部・救護班・保健師に伝えれば、こうした巡回支援につながります。「誰に・何を・どう伝えるか」を型として覚えておきましょう。 困りごと | 伝える相手 | そのまま使える伝え方 入れ歯を失くした・壊れた | 救護班・保健師・避難所運営本部 | 「入れ歯を失くして食事が噛めません。歯科の巡回や相談窓口はありますか」 むせて食べられない | 食料配布の担当・保健師 | 「飲み込む力が弱く、普通の水やパンでむせます。おかゆ・やわらかい食品・とろみ剤はありますか」 口が乾いて痛い・しゃべりにくい | 救護班・巡回の看護師 | 「口の中がカラカラで痛みがあります。口腔ケア用品(保湿ジェルやスポンジブラシ)の支援物資はありますか」 家族の口のケアができない | 保健師・介護職の応援スタッフ | 「寝たきりの家族の口のケアの仕方を教えてください。歯科衛生士さんの巡回はありますか」 発熱・痰の増加・元気がない | 救護班(医療) | 「食事のたびにむせていた家族が発熱しました。誤嚥性肺炎が心配です」 【伝わりやすくするコツ】 ☐ 「困りごと+してほしいこと」を1文ずつで伝える(例:「噛めない」+「やわらかい食品がほしい」) ☐ 口腔情報カード(前セクションの様式)やお薬手帳を見せながら話す(とろみの段階など、口頭では伝わりにくい情報が正確に伝わります) ☐ 断られても一度で諦めない(物資や巡回チームは日ごとに変わります。翌日また別の担当者に伝えてください) ☐ ご本人が言い出せない場合は家族・隣の避難者が代わりに伝えてよい(「あの方、食事のたびにむせています」の一言が命を守ります) ※支援を求めることは「わがまま」ではなく、災害関連死を防ぐための正当な医療ニーズの申告です。熊本地震の南阿蘇地区では、申し出をきっかけに46人が応急歯科治療、242人が保健指導を受けています。声を上げた分だけ、支援は届きます。 ## 備えの点検は、私たちと一緒に 「お口の防災プロジェクト」(一般社団法人日本オーラルヘルス協会)は、災害時の口腔ケアで誤嚥性肺炎などの災害関連死を防ぐ活動をしています。 本ガイドのチェックリストを使ってご家庭・施設の備えを点検し、足りないものは次の買い物から少しずつそろえてください。介護施設・自治体・地域包括支援センター向けには、BCPへの口腔ケア項目の組み込み支援、職員向け研修(断水時の口腔ケア実技を含む)、備蓄品リストの個別監修を行っています。「うちの利用者構成だと何をどれだけ備えればよいか」といった個別のご相談も歓迎します。 ※【ご相談窓口】研修・監修・講演のご依頼、資料の配布利用のご相談は、お問い合わせページ(/contact)からお寄せください。本ガイドは印刷して避難袋に入れる・施設内に掲示するなど、防災目的で自由にお使いいただけます。 ### 出典 - 阪神・淡路大震災の災害関連死921人の分析(呼吸器系疾患約24%・60歳以上9割・2ヶ月以内8割) — 神戸新聞(2004年) - 専門的口腔ケアによる肺炎発症率39%低下・肺炎死亡率53%低下(特養での2年間RCT) — Yoneyama T, et al. Oral care and pneumonia. The Lancet. 1999 - 東日本大震災・石巻市の災害関連死の26.9%が肺炎、被災地の肺炎発生は通常時の約3倍 — 東日本大震災 災害関連死に関する調査(石巻市) - 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位 — 厚生労働省 令和2年(2020)人口動態統計 - 高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎 — 日本呼吸器学会 - 学会分類2021(とろみ)3段階と使用目安量(水100mLあたり薄い約1g・中間約2g・濃い2.5〜4g) — 日本摂食嚥下リハビリテーション学会 嚥下調整食学会分類2021/栄養指導Navi 使用目安量一覧 https://healthy-food-navi.jp/navi_wp/wp-content/themes/navi/images/search/bunrui/bunrui2021-05.pdf - 義歯洗浄剤がないときの代替手入れ(拭き取り・中性洗剤・綿棒)、少量の水でのうがいは15mL×2回が効果的、義歯は1日1回以上外して洗う — 日本口腔ケア学会「災害時の口腔ケア・歯科治療 平易なQ&A」 https://www.oralcare-jp.org/saigai_qa/ - 唾液腺マッサージの手順(回数は歯科医療機関・自治体公開資料で広く用いられる目安) — 国立がん研究センター東病院 口腔内炎症時のケア資料ほか歯科医療機関公開資料 https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/CHEER/advice/040/002_kounaienn.pdf - 災害時の避難所口腔ケア支援の実務手順 — 日本歯科衛生士会「災害歯科保健活動 歯科衛生士実践マニュアル」(2021) https://www.jdha.or.jp/pdf/outline/saigaimanual2021.pdf - 介護事業所のBCP策定義務化(2024年4月〜)と未策定時の基本報酬減算(令和6年度介護報酬改定) — 厚生労働省 介護施設・事業所における業務継続ガイドライン/令和6年度介護報酬改定 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html - 熊本地震・南阿蘇地区の支援実績(歯科的アセスメント927人・応急歯科治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人) — 日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書 https://jsdphd.umin.jp/pdf/nkkk/oralcare.pdf - 中越地震での避難所巡回口腔ケア(発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名) — 厚生労働科学研究 中久木班報告集 - JDAT(日本災害歯科支援チーム)2022年創設・能登半島地震で計127チーム派遣 — 日本歯科医師会 災害歯科医療対策 https://www.jda.or.jp/disaster/ - 熊本地震(直接死50人・関連死約220人)・能登半島地震(直接死229人・関連死261人超、2024年12月時点)の関連死データ — 内閣府・石川県 公表資料 --- # 資料: 自治体向け 導入ガイド(自治体防災・保健担当者向け・起草版) URL: https://oral-bousai.jp/resources/municipality-guide 災害関連死を防ぐ避難所の口腔ケア体制を、国の計画・指針という「議会で通る根拠」と先行事例つきで、予算ゼロの一歩から地域防災計画に組み込むための実務ガイドです。 ## なぜ、いま自治体に「お口の防災」が必要か 災害関連死の最大級のリスクである肺炎は、避難所での口腔ケアで減らせることが分かっています。 災害関連死とは、建物倒壊や津波などの直接の被害ではなく、避難生活の身体的負担や環境悪化が原因で亡くなることをいいます。阪神・淡路大震災(1995)では直接死6,434人に対し関連死は921人(後の認定を含め計1,840人以上)、熊本地震(2016)では直接死50人に対し関連死は約220人と直接死の約4.4倍、能登半島地震(2024)でも直接死229人に対し関連死は261人超(2024年12月時点)と、関連死が直接死を上回る災害が続いています。 ▶ 約24% — 阪神・淡路大震災の災害関連死のうち肺炎等の呼吸器系疾患が占めた割合。関連死の9割は60歳以上、8割は発災後2か月以内に発生しました(出典: 神戸新聞(2004)) 東日本大震災(2011)でも、石巻市の関連死の26.9%が肺炎で、被災地では肺炎の発生が通常時の約3倍に増えました。高齢者の肺炎の8割以上は、口の中の細菌を含む唾液や食べ物が誤って気管に入ることで起きる「誤嚥性(ごえんせい)肺炎」です。歯垢(プラーク)1mgには約1億個の細菌が含まれ、断水で歯磨きができない避難所は、この細菌が増える条件がそろっています。 ▶ 39%低下 — 高齢者施設での2年間の比較研究(RCT)で、専門的口腔ケアにより肺炎発症率が39%、肺炎による死亡率が53%低下しました(出典: Yoneyama et al., The Lancet 1999) ※【担当者に伝えたい結論】耐震化や津波避難と違い、口腔ケアは「発災後に、避難所で、低コストで」実行できる数少ない災害関連死対策です。必要なのは大規模予算ではなく、計画への位置づけ・少量の備蓄・受援ルートの3点です。本ガイドはその3点を整備する手順を示します。 ## 国の計画・指針における口腔衛生の位置づけ(議会答弁に使える根拠) 「なぜ市が歯のことまでやるのか」への答えは、国の計画・指針にすでに書かれています。原文を確認済みの記載を正確な文書名・年次つきで整理します。 避難所の口腔衛生対策は、自治体独自の上乗せ施策ではなく、災害対策基本法から避難所運営ガイドラインまで一貫して位置づけられた「国の方針に沿った取組」です。予算要求や議会説明では、次の表の文書名と記載箇所をそのまま引用できます。 文書(所管・年次) | 口腔衛生・歯科に関する記載 災害対策基本法 第86条の6(平成25年6月改正で新設) | 災害応急対策責任者に、避難所における「生活環境の整備に必要な措置」を講ずる努力義務を規定。避難所の保健衛生対策の法的根拠です 防災基本計画(中央防災会議・令和7年7月1日修正) | 「各災害に共通する対策編」で、都道府県が協力を得る医療チームとして日本災害歯科支援チーム(JDAT)を、JMAT・JRAT・JDA-DAT等と並べて明記 避難所運営等避難生活支援のためのガイドライン(チェックリスト)(内閣府防災担当・平成28年4月策定、令和6年12月改定) | 「病気の予防」の項目に「口腔衛生管理」を明記。市町村向けチェックリストに「1-6 正しい口腔ケアの周知・指導を実施する」(担当:保健・医療担当) 避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針(内閣府防災担当・平成25年8月策定、令和6年12月改定) | 備蓄しておくことが望ましい品目として「石鹸、歯磨用品、ティッシュペーパー、トイレットペーパー等の日用品」を例示。歯科医師等の職能団体による人的支援スキームを都道府県と連携して活用することが望ましいと記載 ※【答弁・起案にそのまま使える整理】「避難所における口腔衛生管理は、内閣府の避難所運営ガイドライン(令和4年4月改定)において病気の予防対策として市町村が取り組むべき事項とされており、防災基本計画(令和7年7月修正)にも日本災害歯科支援チーム(JDAT)との連携が位置づけられています。本市の取組はこれらに基づくものです。」 あわせて、誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位(厚生労働省・令和2年人口動態統計)です。平時から高齢化率の高い自治体ほど、避難生活での肺炎リスクの高い住民を多く抱えていることになります。 ## 先行事例:中越・南阿蘇・女川に学ぶ「動いた仕組み」 巡回の規模感、受援の要、地元への引き継ぎ方。3つの実例から、自治体が準備すべき型が見えてきます。 新潟県中越地震(2004)では、発災5日目から25日間にわたり避難所巡回口腔ケアが実施され、115か所・のべ1,226名に対応しました(厚生労働科学研究・中久木班報告集)。ここから得られる計画上の目安は「発災後おおむね1週間以内に巡回を開始できる体制を、あらかじめ決めておく」ことです。 ▶ 1,226名 — 中越地震で発災5日目から25日間・115か所の避難所巡回口腔ケアが対応した人数(出典: 厚生労働科学研究 中久木班報告集) 熊本地震(2016)の南阿蘇地区では、2016年4〜5月の約2か月で歯科的アセスメント927人、応急歯科治療46人、口腔ケア252人、保健指導242人という支援が展開されました(日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書)。この活動を支えたのが、地元の歯科関係者がコーディネーターとなり、外部支援チームと行政・避難所をつなぐ「地元コーディネーター方式」です。外部チームは入れ替わっても、地元コーディネーターが要支援者情報と活動方針を引き継ぐことで支援が途切れませんでした。 南阿蘇地区の支援実績(2016年4〜5月) | 人数 歯科的アセスメント(口の状態の確認) | 927人 応急歯科治療 | 46人 口腔ケア | 252人 保健指導 | 242人 宮城県女川町では、東日本大震災の直後から「女川歯科保健チーム」による歯科保健医療活動が約10年間継続され、その間に乳幼児歯科健診・フッ化物洗口事業・子育て歯科相談会などの歯科事業が、女川町保健センターを中心とする地元の体制のもとで展開されるようになりました(クインテッセンス出版・活動報告会記事、2021年)。外部支援は「いつか終わる」前提で、平時の歯科保健事業として地元に着地させる設計が重要です。 ※【3事例に共通する成功要因】(1)発災前から連絡先と役割が決まっていた、(2)地元の専門職が外部支援の窓口(コーディネーター)になった、(3)支援終了後の姿(地元移行)を早期に描いた。この3点は、次章以降の計画文言・受援体制にそのまま反映できます。 ## 地域防災計画への組み込み:4ステップと文言例 計画修正は年1回の防災会議サイクルに乗せれば、追加予算なしで実現できます。 1. ステップ1:現状確認(1週間) — 自団体の地域防災計画・避難所運営マニュアルのPDFを「口腔」「歯科」「歯」で全文検索します。記載がない、または「歯科医療救護」(治療)のみで「口腔衛生管理」(予防)がない場合が修正対象です。あわせて県の地域防災計画の歯科関連記載と、県歯科医師会と県の協定の有無を確認します。 2. ステップ2:修正案の作成(2〜4週間) — 下の文言例をベースに、予防対策編(備蓄・協定)と応急対策編(避難所での実施・受援)の2か所に追記する案を作ります。根拠として第2章の国資料一覧を添付します。 3. ステップ3:関係課・関係機関協議(1〜2か月) — 防災担当課と保健担当課(保健センター)の共管とし、郡市歯科医師会・県歯科医師会に文案を照会します。協議の場で、発災時の連絡窓口(誰から誰へ要請するか)を担当者名レベルまで具体化しておきます。 4. ステップ4:防災会議への付議 — 年次の地域防災計画修正議案に含めて防災会議に付議します。修正理由は「防災基本計画(令和7年7月修正)および内閣府避難所運営ガイドライン(令和4年4月改定)との整合」で足ります。 ※【地域防災計画 文言例(そのまま調整して使えます)】【予防対策編】「市は、避難生活に起因する災害関連死を防止するため、避難所等における口腔衛生管理を含む避難者の健康管理体制をあらかじめ整備する。このため、○○県歯科医師会・○○郡市歯科医師会との連携体制の構築を図るとともに、歯ブラシ・洗口液等の口腔ケア用品を避難所の備蓄品目に位置づける。」【応急対策編】「市は、避難所開設後速やかに、保健師等による巡回活動に口腔衛生管理を位置づける。市は、必要と認めるときは、県を通じて日本災害歯科支援チーム(JDAT)等の歯科保健医療支援の派遣を要請する。」 ※「歯科医療救護(治療)」と「口腔衛生管理(予防)」は別物です。多くの自治体計画には身元確認・応急治療の記載はあっても、関連死予防としての口腔ケアの記載がありません。修正のポイントはこの一語の追加です。 ## 避難所運営マニュアルへの追加項目(文例・様式例つき) マニュアルには「いつ・誰が・何をするか」を時系列で書き込みます。以下は追記用のチェックリストと様式例です。 【開設時(発災〜24時間):施設管理・衛生班】 ☐ 口腔ケアコーナーを設置する(手洗い場・給水所の近くに、鏡・照明・ゴミ袋・コップ置き場を確保。文例:「歯みがき・入れ歯洗いはこちらでお願いします」) ☐ 備蓄の口腔ケア用品(歯ブラシ・洗口液・清拭シート)を搬出し、配布方法を決める(歯ブラシは衛生上、1人1本の個別配布とし、共用しない) ☐ うがい・歯磨き用の水を飲料水と別枠で見込む(目安として1人1日コップ1杯(約200mL)。給水計画に明記) 【運営期(〜1週間):保健・救護班】 ☐ 物資配布時に歯ブラシを全員に配布し、館内放送・掲示で口腔ケアを呼びかける(掲示文例:「食後と寝る前の歯みがきが、肺炎の予防になります。水が少ないときは洗口液や口ふきシートをご利用ください」) ☐ 義歯(入れ歯)使用者・介助が必要な方を把握する(下の口腔スクリーニング票を受付名簿とあわせて運用) ☐ 保健師等の巡回項目に「口の状態」を追加する(食事でむせる・口の乾き・義歯の紛失は要フォローのサイン) 【長期化時(1週間〜):保健・救護班】 ☐ 歯科支援チーム(JDAT等)受入れ時の活動場所・電源・水・情報共有方法を提供する ☐ 要フォロー者リストを支援チームに引き継ぎ、チーム交代時も同じ様式を使い続ける ☐ 在宅避難者・車中泊避難者にも物資配布と声かけの経路を確保する 避難者口腔スクリーニング票(様式例) | 記入欄 氏名・年齢・居住スペース | (  ) 義歯の使用 | なし / 上 / 下 / 紛失・破損あり 食事のとき、むせることがある | はい / いいえ 口の痛み・強い乾きがある | はい / いいえ 歯みがきが自分でできる | できる / 一部介助 / 全介助 特記(かかりつけ歯科・服薬など) | (  ) ※【断水時の考え方】水が足りないことを理由に口腔ケアを中止しないでください。少量の水を紙コップにとって歯ブラシをすすぎながら磨く、洗口液や口腔清拭シートを併用する、義歯は毎日はずして清掃する、といった代替手順をマニュアルに明記しておくと、現場が迷いません。 ## 備蓄基準の目安:避難者100人あたりの品目・数量表 内閣府の取組指針(令和6年12月改定)は「歯磨用品」等の日用品備蓄を望ましいと例示しています。以下は当プロジェクトが推奨する具体的な数量の目安です。 前提条件:避難者100人・発災後7日分、高齢者を3割(うち義歯使用者20人・歯磨きに介助が必要な方5人)と想定した目安です。地域の高齢化率・避難所の性格(学校・福祉施設等)に応じて増減してください。算定の考え方を示してあるので、人数を入れ替えれば独自の基準を作れます。 品目 | 数量(100人・7日分) | 算定の考え方 | 備考 歯ブラシ(大人用) | 110本 | 1人1本+予備1割 | 個包装・キャップ付き。共用禁止 歯ブラシ(子ども用) | 15本 | 避難者の1割強を子どもと想定 | 学校避難所では増量 液体歯磨・洗口液 | 500mL×30本 | 1人1回10mL×1日2回×7日=14L | 断水時の歯磨き補助に。使用期限に注意(下記) 口腔清拭シート(ノンアルコール) | 700枚 | 1人1日1枚×7日 | 歯磨きできない場面の代替 スポンジブラシ(使い捨て) | 105本 | 要介助者5人×1日3本×7日 | 要介護高齢者・嚥下障害者のケア用 義歯洗浄剤 | 140錠 | 義歯使用者20人×1日1錠×7日 | 義歯ケースとセットで 義歯ケース(名前記入欄つき) | 20個 | 義歯使用者20人×1個 | 紛失・誤廃棄の防止に必須 使い捨て手袋 | 200枚 | 介助者用(1ケア1組×交代要員分) | 感染対策と兼用可 紙コップ | 1,500個 | 1人1日2個×7日+予備 | うがい・給水と兼用 ※【液体口腔ケア用品には使用期限があります】洗口液・液体歯磨などの液体製品には製品ごとに使用期限が設定されています(外装に記載)。備蓄箱の外側に期限を大書きし、年1回の防災点検で確認のうえ、期限が近いものは介護予防教室や防災訓練の配布物として使い切り、新品を補充する「ローリングストック」を仕組みにしてください。歯ブラシ等の乾物も高温多湿を避けて保管します。 【備蓄運用のチェック】 ☐ 備蓄場所は避難所ごとの分散配備か、集中備蓄なら発災当日に搬送できるか ☐ 品目・数量・期限を防災担当課と保健担当課の双方が台帳で共有しているか ☐ 流通備蓄(協定による調達)に口腔ケア用品が含まれているか(薬局・卸との協定品目リストに「歯ブラシ・洗口液・義歯洗浄剤」を明記) ## 受援体制:JDATと歯科医師会協定の確認ポイント 支援は「来てくれる」ものではなく「受け入れる準備をした自治体に速く届く」ものです。 日本災害歯科支援チーム(JDAT)は、日本歯科医師会等による災害歯科支援の全国的な仕組みとして2022年に創設され、能登半島地震(2024)では計127チームが派遣されました。防災基本計画(令和7年7月修正)でも、都道府県が協力を得る医療チームの一つとしてJDATが明記されています。市町村の役割は、県を通じた派遣要請のルートと、受け入れ環境をあらかじめ整えておくことです。 ▶ 127チーム — 能登半島地震(2024)で派遣されたJDATのチーム数。2022年創設の全国的な災害歯科支援の仕組みです(出典: 日本歯科医師会) 1. 受援フロー1:要請 — 市の災害対策本部(保健担当)が避難所の口腔スクリーニング結果をもとに必要性を判断し、県の保健医療福祉調整本部へ歯科支援を要請します。要請の判断基準(例:要介助者○人以上、断水○日以上)をマニュアルに書いておくと初動が速くなります。 2. 受援フロー2:調整 — 県調整本部が県歯科医師会・JDATと派遣調整します。市側は活動拠点(水・電源・駐車場所)、避難所リスト、口腔スクリーニング票を用意して待ち受けます。 3. 受援フロー3:活動と引き継ぎ — 南阿蘇の教訓に倣い、地元の郡市歯科医師会担当者をコーディネーターに位置づけ、外部チームの交代時も同一様式で要フォロー者情報を引き継ぎます。終了時は平時の歯科保健事業(保健センター)への引き継ぎまでを受援の完了と定義します。 【県歯科医師会・郡市歯科医師会との協定 確認ポイント】 ☐ 協定の有無と範囲(「身元確認」「医療救護」のみか、「避難所の口腔衛生管理(予防)」まで含むか) ☐ 要請ルート(市→県→県歯科医師会か、市→郡市歯科医師会への直接要請も可能か。夜間休日の連絡先) ☐ 費用負担(災害救助法適用時の費用弁償の扱い、適用前・適用外の場合の負担者) ☐ 活動条件(市が提供するもの(場所・水・電源・移動手段・宿泊)と持参してもらうもの(ポータブルユニット等)の切り分け) ☐ 情報共有(活動報告の様式と個人情報の取り扱い(要配慮者名簿情報の提供条件)) ☐ 訓練条項(年1回以上の連絡訓練・合同研修の実施が書かれているか) ## 要配慮者対策:名簿と「義歯・嚥下」の視点 阪神・淡路の関連死の9割は60歳以上でした。守るべき人を平時から特定しておくことが最大の対策です。 災害対策基本法に基づき、市町村には避難行動要支援者名簿の作成が義務付けられ、個別避難計画の作成も努力義務とされています。この既存の仕組みに「口の情報」を1〜2項目加えるだけで、発災後の口腔ケア優先順位づけが可能になります。新しい名簿を作る必要はありません。 【平時に把握しておきたい項目(個別避難計画・ケアマネ経由の調査に追加)】 ☐ 義歯の使用(上・下・部分)と就寝時の取り扱い(避難時に義歯を置いてくる例が想定されるため、非常持出品リストに「義歯・義歯ケース」を明記して周知) ☐ 嚥下障害(飲み込みの障害)・食形態の指定の有無(とろみ剤・ミキサー食の要否は食料備蓄計画にも直結します) ☐ 口腔ケアの自立度(自立/一部介助/全介助) ☐ かかりつけ歯科医院名(発災後の被災状況確認と治療再開の導線になります) 対象 | 避難所での初動対応 義歯使用者 | 義歯ケースと洗浄剤を配布。「義歯を外して寝る・毎日洗う」を個別に声かけ。紛失・破損は歯科支援チームへの優先つなぎ対象 嚥下障害のある方 | 食事時の姿勢(座位・あご引き)を介助者に伝達。むせが増えたら保健師へ報告。とろみ剤の在庫を保健班が管理 歯磨き全介助の方 | スポンジブラシで1日1回以上の清掃を介助者が実施。手袋着用 認知症のある方 | 本人のペースで誘導し、家族・介助者に清掃状況を確認。拒否がある場合は清拭シートで代替 ※福祉避難所の運営マニュアルには、一般避難所より一段高い基準(スポンジブラシ・吸引器周辺の衛生管理・食形態対応)を書き込みます。指定福祉避難所の協定施設に、平時から口腔ケア物品の在庫状況を確認しておくと確実です。 ## 平時の啓発と訓練への組み込み 備蓄と計画は、訓練で動かして初めて機能します。既存の行事に「10分」足すことから始められます。 【既存事業への追加メニュー(新規予算ほぼ不要)】 ☐ 総合防災訓練:避難所開設訓練に「口腔ケアコーナー設置」を1項目追加(備蓄箱からの搬出・掲示・配布までを衛生班が実演。所要10〜15分) ☐ 住民向け:非常持出品の啓発物に「歯ブラシ・洗口液・義歯ケース」を明記(広報紙の防災特集・出前講座のスライドに1ページ追加) ☐ 職員向け:避難所運営研修に口腔ケアの講義を組み込む(郡市歯科医師会に講師派遣を依頼。協定の訓練条項の実績にもなります) ☐ 要配慮者向け:介護予防教室・通いの場で「災害時のお口の守り方」を実施(期限が近い備蓄洗口液の配布先としても活用(ローリングストック)) ☐ 受援訓練:県・県歯科医師会との連絡訓練(要請様式の伝達演習)を年1回(9月の防災週間・11月の訓練シーズンに合わせると定着します) 訓練の効果測定は「避難所運営マニュアルどおりに口腔ケアコーナーを何分で設置できたか」「スクリーニング票を何人分記入できたか」など、数えられる指標で記録します。翌年度の計画修正・予算要求の根拠資料になります。 ※啓発の軸となるメッセージはひとつで足ります。「避難所では、歯みがきが肺炎予防です」。専門的口腔ケアで肺炎発症率が39%下がったというエビデンス(The Lancet 1999)とあわせて伝えると、住民にも職員にも行動の理由が明確になります。 ## 小さく始めるロードマップ:予算ゼロから全域展開へ 最初の一歩に予算は要りません。3つのフェーズで、無理なく全域展開までつなげます。 1. フェーズ0:予算ゼロで始める(今年度内) — (1)地域防災計画・避難所マニュアルを「口腔」で全文検索して現状把握、(2)第4章の文言例で計画修正案を起案、(3)県歯科医師会との協定内容と県の受援ルートを確認、(4)避難所運営研修に口腔ケアの回を追加。ここまで既存事務の範囲で実施できます。 2. フェーズ1:モデル避難所1か所(翌年度) — 拠点となる指定避難所1か所に第6章の備蓄(100人・7日分で数万円規模)を配備し、開設訓練で口腔ケアコーナー設置とスクリーニング票の運用を検証します。検証結果を様式・マニュアルに反映し、議会・財政部局への説明材料にします。 3. フェーズ2:全域展開(2〜3年目) — 全指定避難所への備蓄配備と福祉避難所の上乗せ基準の整備、個別避難計画への口腔項目の追加、県・歯科医師会との年次受援訓練の定例化まで広げます。女川の例のように、災害時の仕組みを平時の歯科保健事業と接続させることが持続の条件です。 一般社団法人日本オーラルヘルス協会「お口の防災プロジェクト」では、本ガイドの内容について、地域防災計画・避難所マニュアルの文言案の個別レビュー、備蓄品目リストの地域実情に合わせた調整、職員研修・住民啓発講座への講師協力、歯科医師会との協定づくりの論点整理を無償相談から承っています。 ※【担当者向け相談窓口】「まず自分の自治体の計画に何が足りないか知りたい」という段階からで構いません。お問い合わせフォーム(/contact)より、自治体名と現在の検討状況をお知らせください。防災担当・保健担当のどちらの部署からのご相談にも対応します。 ### 出典 - 防災基本計画(令和7年7月1日修正)— 日本災害歯科支援チーム(JDAT)を医療チーム派遣の協力主体として明記 — 中央防災会議・内閣府 https://www.bousai.go.jp/taisaku/keikaku/kihon.html - 避難所運営ガイドライン(平成28年4月策定・令和4年4月改定)—「病気の予防」に口腔衛生管理、チェックリスト1-6「正しい口腔ケアの周知・指導を実施する」 — 内閣府(防災担当) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412hinanjo_guideline.pdf - 避難生活における良好な生活環境の確保に向けた取組指針(平成25年8月策定・令和6年12月改定)— 歯磨用品等の備蓄例示、歯科医師等職能団体の支援スキーム活用 — 内閣府(防災担当) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hinanjo/pdf/2412kankyokakuho.pdf - 災害対策基本法 第86条の6(避難所における生活環境の整備等) — e-Gov法令検索 https://laws.e-gov.go.jp/law/336AC0000000223/ - 阪神・淡路大震災の災害関連死分析(呼吸器系約24%・60歳以上9割・2か月以内8割) — 神戸新聞(2004) - Yoneyama et al. Oral care and pneumonia(専門的口腔ケアで肺炎発症率39%低下・肺炎死亡率53%低下) — The Lancet, 1999 - 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位 — 厚生労働省 令和2年(2020)人口動態統計 - 高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎 — 日本呼吸器学会 - 中越地震における避難所巡回口腔ケア(発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名) — 厚生労働科学研究 中久木班報告集 - 熊本地震・南阿蘇地区の歯科支援実績(アセスメント927人ほか)と地元コーディネーター方式 — 日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書 https://jsdphd.umin.jp/ - 女川歯科保健チーム活動報告会「女川町における10年間の歯科保健医療活動」(2021年3月)— 地元・女川町保健センターの歯科事業への引き継ぎ — クインテッセンス出版 歯科ニュース https://www.quint-j.co.jp/articles/topics/4941 - JDAT(日本災害歯科支援チーム)の創設(2022年)と能登半島地震での127チーム派遣 — 日本歯科医師会 災害歯科医療対策 https://www.jda.or.jp/disaster/ --- # 資料: 歯科医療者向け 参画ガイド(歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士向け・起草版) URL: https://oral-bousai.jp/resources/dental-professional-guide 災害関連死を減らす最前線に、あなたの専門性を——研修受講から自院のBCPまで、今日から動ける参画ロードマップ。 ## なぜ、歯科専門職の手が災害関連死を減らせるのか 災害時の口腔ケアは「快適さ」の問題ではなく、生死を分ける医療介入です。 阪神・淡路大震災(1995年)では、建物倒壊などによる直接死6,434人に加え、避難生活の中で921人(後の認定を含め計1,840人以上)が災害関連死として亡くなりました。その約24%が肺炎等の呼吸器系疾患で、関連死の9割が60歳以上、8割が発災後2ヶ月以内に集中しています。断水で歯みがきができず、口腔内で増殖した細菌(歯垢1mgに約1億個)を含む唾液や食物を誤嚥することで起こる誤嚥性肺炎——ここに歯科専門職が介入できる最大の余地があります。 ▶ 39%低下 — 特別養護老人ホームでの専門的口腔ケアによる肺炎発症率の低下。肺炎による死亡率は53%低下(2年間のランダム化比較試験)(出典: Yoneyama et al., The Lancet 1999) 東日本大震災(2011年)では、石巻市の災害関連死の26.9%が肺炎であり、被災地の肺炎発生は通常時の約3倍に達しました。誤嚥性肺炎は平時でも日本人の死因第6位(厚労省 令和2年人口動態統計)で、高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎(日本呼吸器学会)です。災害はこのリスクを一気に増幅させます。 ※【この資料の目的】歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士が「発災後に何をするか」だけでなく、「平時の今日から何を始めるか」を、研修の申込先・自院の点検項目・地域での動き方まで具体的に示します。 ## フェーズ別に見る歯科専門職の役割の全体像 災害医療は時間経過(フェーズ)で求められる機能が変わります。歯科の出番は「72時間以降」に本格化しますが、各フェーズに固有の役割があります。 フェーズ | 時期の目安 | 歯科専門職の主な役割 | 具体的なアウトプット例 超急性期 | 発災〜72時間 | 自身と家族・スタッフの安全確保、自院の被害確認、地区歯科医師会への安否・被害報告 | 安否報告(EMIS等の様式に準拠)、診療再開可否の一次判定 急性期 | 72時間〜1週間 | JDATの活動開始。避難所の口腔スクリーニング、応急歯科治療(疼痛・義歯不適合・外傷)、口腔ケア用品の配布と使い方指導 | 避難所ごとの要支援者リスト、応急処置記録、保健師への申し送り 亜急性期 | 1週間〜1ヶ月 | 要配慮者(高齢者・要介護者・障害児者)への継続的口腔ケア、義歯の修理・新製、避難所の食形態への助言、誤嚥性肺炎ハイリスク者の抽出 | 巡回口腔ケアの定期スケジュール、多職種カンファレンスでの情報共有 慢性期 | 1ヶ月以降 | 地元歯科医療機関への引き継ぎ、仮設住宅・在宅への巡回、地域の歯科保健事業の再建支援 | 引き継ぎ様式(未処置者リスト・ケア継続計画)、撤退計画 中越地震(2004年)では、発災5日目から25日間にわたり避難所115か所をのべ1,226名に対して巡回口腔ケアが実施されました(厚労科研 中久木班報告集)。「急性期の応急処置」で終わらず、亜急性期の継続巡回まで設計されていたことが特徴です。 ※【超急性期は「動かない」ことも役割】発災直後はDMAT(災害派遣医療チーム)等の救命医療が最優先です。歯科専門職が個人判断で被災地に向かうと、受援側の負担になります。まず自分・家族・スタッフ・自院の安全と情報報告に徹し、組織的な派遣要請(JDAT)を待つのが原則です。 ## JDATの仕組みと参加方法——登録までの具体的ステップ JDAT(Japan Dental Alliance Team:日本災害歯科支援チーム)は、2022年3月に日本災害歯科保健医療連絡協議会が創設した全国組織です。発災後おおむね72時間以降、避難所等での応急歯科医療と口腔衛生を中心とした公衆衛生活動を担います。 能登半島地震(2024年)では計127チームのJDATが派遣され、創設後初の大規模実働となりました。参加の入口は日本歯科医師会が運営する研修体系です。歯科医師だけでなく、歯科衛生士・歯科技工士・行政職・歯科関連企業従事者・歯科医師会職員も研修対象に含まれています。 研修名 | 対象 | 形式 | ポイント 災害歯科保健医療eラーニング(基礎編・標準編) | 歯科医師・歯科衛生士・歯科技工士・行政職従事者・歯科商工協会加盟企業従事者・歯科医師会等の職員 | オンデマンド(無料) | 日本歯科医師会HPのWEBフォームから編ごとに申込。最初の一歩に最適 JDAT標準研修会 | 災害歯科保健医療に携わる歯科専門職 | 中央開催+令和6年度から地域開催も開始 | 厚労省補助金事業。関係機関と「共通言語」で動ける人材を各都道府県歯科医師会に配置することが目的 JDATアドバンス研修会 | 標準研修修了者 | 集合研修 | 全国7ブロック単位のリーダー、地区歯科コーディネーター機能を担う人材を養成 JDATロジスティクス基礎研修会 | JDAT活動予定者 | eラーニング | 能登半島地震の初動の教訓から新設。移動・宿営・物資・通信など後方支援の基礎 1. eラーニング(基礎編)を申し込む — 日本歯科医師会ホームページの災害歯科保健医療対策ページからWEBフォームで申込みます。受講料は無料です。まず全体像と用語(CSCA・トリアージ・保健医療福祉調整本部など)を押さえます。 2. eラーニング(標準編)を修了する — 避難所での活動手順、記録様式、多職種連携の実務を学びます。基礎編とは別に登録が必要です。 3. 所属の都道府県歯科医師会に意思表示する — JDATの派遣は都道府県歯科医師会単位で編成されます。「災害時に協力可能」である旨を登録し、標準研修会の開催案内を受け取れるようにします。会員でない場合も、まず地区歯科医師会に問い合わせてください。 4. JDAT標準研修会を受講する — 中央開催に加え地域開催が始まっており、参加機会が広がっています。図上演習(机上シミュレーション)で発災時の判断を体験します。 5. 訓練・アドバンス研修でスキルを維持する — 都道府県の防災訓練への参加、アドバンス研修(リーダー・コーディネーター養成)、アドバンス更新編eラーニングで知識を更新し続けます。 ※【歯科衛生士・歯科技工士の方へ】JDATは歯科医師だけのチームではありません。避難所での口腔ケア実務は歯科衛生士が中核であり、義歯対応では歯科技工士の機動力が命綱になります。日本歯科衛生士会も「災害歯科保健活動 歯科衛生士実践マニュアル」を公開しています。 ## 「災害歯科コーディネーター」という要のポジション 支援チームがいくら集まっても、采配役がいなければ避難所に届きません。都道府県・地区レベルで歯科支援を差配するのが災害歯科コーディネーターです。 災害歯科コーディネーターは、都道府県の保健医療福祉調整本部(災害時に保健・医療・福祉の資源配分を統括する行政の司令塔)や災害医療コーディネーターと連携し、①被災地の歯科ニーズの集約、②JDATチームの受け入れと避難所への割り当て、③地元歯科医師会・行政・多職種との調整を担います。研修会は平成24年度から都道府県単位で実施されており、JDATアドバンス研修会は地区コーディネーター機能を担える人材の育成を目標の一つに掲げています。 【コーディネーターを目指す人が平時に整えておくこと】 ☐ 自分の都道府県の「保健医療福祉調整本部」の体制図と、歯科の位置づけを確認する(都道府県の地域防災計画(自治体HPで公開)に記載があります) ☐ 都道府県歯科医師会の災害対策委員会・警察歯科委員会の担当者と顔の見える関係をつくる(発災時に「初めまして」では調整が回りません) ☐ 管内の避難所指定施設・福祉避難所のリストと、歯科的ハイリスク者が集まりやすい施設を把握する ☐ JDATアドバンス研修会の受講要件(標準研修修了)を満たしておく ☐ 県境を越えたブロック単位(全国7ブロック)の合同訓練に参加する(受援(支援を受ける側)の練習が最も不足しがちです) ## 平時にできる地域活動——訓練・研修・ケア会議に歯科を組み込む 発災後にゼロから始める支援より、平時に地域へ埋め込んだ仕組みのほうが確実に命を守ります。個人の診療所単位で今日から着手できます。 【地域活動の3つの入口】 ☐ 自治体の防災研修・避難所運営研修の講師を引き受ける(市町村の防災担当課・健康増進課に「災害時の口腔ケアと誤嚥性肺炎予防」の講義(30〜60分)を提案。本プロジェクトの資料はそのまま教材に使えます) ☐ 地域の防災訓練に「口腔の健康チェックブース」を出展する(住民が自分の口のリスクを知る機会になり、歯科医院の災害時の役割の周知にもなります) ☐ 地域ケア会議・在宅医療介護連携推進会議に歯科として参加する(要介護高齢者の平時のケア情報が、発災時のハイリスク者リストの土台になります) 1. 防災訓練ブースの企画書を出す(訓練の2〜3ヶ月前) — 市町村の防災担当課に、目的(誤嚥性肺炎予防の啓発)・内容(口腔チェックと相談)・必要スペース(机2台・椅子4脚程度)・従事者数(歯科医師または歯科衛生士2名以上)を1枚にまとめて提出します。地区歯科医師会経由だと通りやすくなります。 2. 物品を準備する — 目安として、ペンライト2本、使い捨てグローブ(想定来場者数×1双+2割)、手指消毒液、デンタルミラー(ディスポーザブル)、記録票(氏名・年齢・義歯の有無・口腔乾燥の有無・かかりつけ歯科の有無の5項目程度)、配布用リーフレット。 3. 1人3分のスクリーニングを回す — 問診(むせの自覚・義歯の状態)→視診(乾燥・汚れ・動揺歯)→ワンポイント指導(水が少ないときの歯みがき法、義歯は外して寝る等)の3ステップ。治療行為は行わず、要精査者にはかかりつけ受診を勧めます。 4. 結果を地域に返す — 集計(来場者数・義歯使用率・口腔乾燥の該当率など)を防災担当課と地域包括支援センターに報告します。翌年の訓練への継続出展と、避難所運営マニュアルへの「口腔ケア物資・歯科職の役割」の追記を提案する材料になります。 ※【訓練は「避難所運営者に口腔ケアを覚えてもらう場」】発災直後の避難所に歯科職は常駐できません。訓練を通じて、避難所運営スタッフ自身が「水・歯ブラシ・口腔ケア用ウェットティッシュを物資リストに入れる」「食後の口腔ケアを声かけする」ようになることが、歯科職が現地に着くまでの空白を埋めます。 ## 自院の災害対策——BCP・機材点検・患者データ保全 被災地の歯科医院が早期再開できるかどうかは、地域の口腔の健康の回復速度を直接左右します。「守る・開く・届ける・続ける」の枠組み(『歯科医院の防災対策ガイドブック』医歯薬出版)で自院を点検しましょう。 BCP(事業継続計画:被災後も中核業務を止めない・早く戻すための事前計画)というと大げさに聞こえますが、歯科診療所の場合は「①人と建物を守る」「②早期に診療を開く」「③地域に専門性を届ける」「④経営を続ける」の4点をA4数枚で決めておくことです。年1回、スタッフミーティングで見直す日(例:防災の日の週)を固定するのが継続のコツです。 【設備・機材の点検チェックリスト(年1回+大きな地震の後)】 ☐ 診療ユニットの固定状態と、周囲の転倒物(キャビネット・技工物棚)の固定(L字金具・耐震ジェルで対応。ユニット自体より「上から落ちてくる物」の被害が多発します) ☐ コンプレッサー・バキュームモーターの転倒防止と、停電時の再起動手順の掲示 ☐ 薬品棚・小器具棚の扉ラッチ(開き戸ストッパー)の作動確認 ☐ 給水・排水の元栓の位置をスタッフ全員が言えるか確認(漏水は機材被害を拡大させます) ☐ スタッフ用備蓄:飲料水(1人1日3Lを目安に3日分)・簡易トイレ・懐中電灯・モバイルバッテリー ☐ 患者・スタッフの安否確認手段(連絡網・SNSグループ)と、休診情報の発信手順(HP・院外掲示) ☐ 口腔ケア物資の院内在庫を「地域への提供分」も見込んで把握(洗口液・保湿ジェル等の液体用品は消費期限があるため、期限一覧表を作り、年1回の入替(ローリングストック:日常使用しながら補充する備蓄法)を仕組み化します) データの種類 | リスク | 対策 | 頻度の目安 紙カルテ | 水損・流失・焼失 | 浸水想定区域では下段保管を避ける。重要ページ(初診時記録・補綴歴)のスキャン化 | 新規分は随時、既存分は計画的に レセコン・電子カルテ | 端末損壊・電源喪失 | 外付けHDD等へのバックアップに加え、遠隔地保管(クラウドまたは自宅等への持ち出し媒体)を併用 | 日次(自動化を推奨) デンタル・パノラマX線画像 | サーバ損壊 | 画像サーバのバックアップを診療録と同じ計画に含める | 日次〜週次 技工指示書・補綴物記録 | 散逸 | 補綴歴が身元確認の照合資料になることを踏まえ、カルテと紐づけて保存 | 随時 ※【東日本大震災の教訓】津波でカルテやX線写真が流失した地域では、身元確認に必要な生前歯科資料の収集が困難を極めました(静岡県歯科医師会コラム)。患者データの遠隔地バックアップは、自院の経営継続だけでなく、地域の身元確認能力を守る公共的な備えでもあります。 ## 身元確認(歯科所見)への協力という、歯科にしかできない役割 歯は人体で最も硬く、火災や水損の後も残ることが多いため、歯科所見は指紋・DNAと並ぶ身元確認の柱です。ご遺体を家族の元に返す仕事は、歯科専門職に固有の社会的使命です。 ▶ 延べ2,600名 — 東日本大震災の発災から5ヶ月間に全国から動員された歯科医師数。約8,750体の歯科所見の記録・照合にあたった(出典: 静岡県歯科医師会コラム「歯の情報(歯科所見)による身元確認」) 身元確認は、ご遺体の歯科所見(デンタルチャート)の採取と、生前の歯科診療記録との照合という2つの作業から成ります。日本歯科医師会は「大規模災害時の歯科医師会行動計画」の別添として「身元確認マニュアル」(令和7年5月改訂版)を公開しており、記録様式や警察との連携手順が標準化されています。多くの都道府県歯科医師会には警察歯科医会・警察歯科委員会があり、平時から研修会を開催しています。 【協力に向けて平時にできる準備】 ☐ 日々のカルテに歯式・補綴物・欠損状態を正確に記載する習慣を徹底する(「生前記録の質」がそのまま照合の成否を決めます。省略記載は災害時に牙をむきます) ☐ 都道府県歯科医師会の警察歯科(身元確認)研修会を受講する(デンタルチャート採取の実習を含む研修が各地で開催されています) ☐ 日本歯科医師会「身元確認マニュアル」改訂版に目を通し、標準様式を知っておく ☐ 自院の診療録・X線画像のバックアップ体制を整える(前セクション参照) ☐ ご遺体の歯科所見採取・身元確認業務は精神的負荷が大きいことを知り、従事後のセルフケア・ピアサポートの窓口を確認しておく ## 女川・南阿蘇に学ぶ「継続支援」の作法——撤退までを設計する 災害支援で最も難しいのは「始め方」ではなく「終わり方」です。地元の力を奪わず、必要な間だけ、確実に手渡して引く。2つの実例にその作法が凝縮されています。 熊本地震(2016年)の南阿蘇地区では、2016年4〜5月の支援活動で歯科的アセスメント927人・応急歯科治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人が実施されました(日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書)。注目すべきは数字の構造です。応急治療(46人)に対しアセスメントと予防的介入(口腔ケア・保健指導で約500人)が圧倒的に多い——災害歯科支援の主戦場は「治療」ではなく「誤嚥性肺炎を防ぐ公衆衛生活動」であることを示しています。 東日本大震災の宮城県女川町では、自院が全壊した地元歯科医師を核に「女川歯科保健チーム」が組織され、全国の支援者が10年にわたり伴走しました。2021年には10年間の活動報告会が開催され、乳幼児歯科健診やフッ化物洗口事業など地元の歯科保健事業の再建に至った経過と、地域包括BCPの考え方が共有されています(クインテッセンス出版 記事)。外部支援者が主役を奪わず、地元の保健センター・開業医が事業主体であり続けたことが10年継続の条件でした。 1. 入口で出口を決める — 支援開始時に「地元歯科医療機関の再開」「行政の歯科保健事業の再開」など撤退条件を言語化し、受援側と共有します。期限ではなく条件で区切るのがポイントです。 2. 初日から記録を引き継ぎ可能な形式で残す — 個人メモではなく、標準様式(スクリーニング票・処置記録・要フォローリスト)で記録します。後続チームと地元が読めない記録は存在しないのと同じです。 3. 意思決定の主語を地元に置く — 巡回先の優先順位や事業の取捨選択は、地元歯科医師会・行政・保健師が決め、外部支援者は選択肢と根拠を提供する側に回ります。 4. 常駐支援から間欠支援へ段階的に薄める — 毎日→週1回→月1回→年数回の報告会参加、と支援密度を計画的に下げ、その都度「地元だけで回ったこと」を確認します。 5. 撤退後も「呼ばれたら戻れる」細い線を残す — 女川の10年が示すように、完全な関係断絶ではなく、報告会や周年行事での再訪といった細く長い接点が、次の災害への備えにもなります。 ※【支援は「引き算」で設計する】支援量を増やす計画は誰でも作れます。プロの支援者は「自分たちがいなくても回る状態」から逆算して、減らし方を先に設計します。 ## お口の防災プロジェクトでの参画メニュー 本プロジェクト(一般社団法人日本オーラルヘルス協会)は、災害時の口腔ケアで誤嚥性肺炎等の災害関連死を防ぐことをミッションに、自治体・施設・住民向けの資料整備と研修を進めています。歯科専門職の参画を次の3つの形でお願いしています。 参画メニュー | 主な内容 | 想定される関わり方 監修 | 住民向け・自治体向け資料の医学的監修、地域の実情に合わせた改訂への助言 | 資料単位でのレビュー(オンライン完結可) 講師 | 自治体職員研修・避難所運営研修・住民向け講座での講義や実技指導 | 年数回程度から。教材・スライドはプロジェクトで用意 地域アドバイザー | お住まいの地域での防災訓練ブース出展支援、地域ケア会議への同行、自治体との橋渡し | 地域単位での継続的な関与 「JDATの研修はこれから」という段階の方も歓迎です。本ガイドのセクション5(平時の地域活動)で紹介した取り組みを、教材・様式の提供やノウハウ共有で後押しします。逆に、災害支援経験の豊富な先生には、実例に基づく資料改訂や後進の指導をお願いしたいと考えています。 ※【ご相談・お申し込み】参画のご相談は、お問い合わせページ(/contact)からお願いします。所属・職種と、ご関心のあるメニュー(監修・講師・地域アドバイザー)をお書き添えください。折り返し担当者からご連絡します。 ### 出典 - 災害歯科保健医療対策(JDAT研修体系・災害歯科コーディネーター研修・身元確認マニュアル) — 日本歯科医師会 https://www.jda.or.jp/dentist/disaster/ - 日本歯科医師会の災害歯科医療対策(JDAT創設・発災後72時間以降の活動位置づけ) — 日本歯科医師会 https://www.jda.or.jp/disaster/ - 大規模災害時の歯科医師会行動計画 別添 身元確認マニュアル 改訂版(令和7年5月) — 日本歯科医師会 災害時対策・警察歯科総合検討会議 https://www.jda.or.jp/dentist/disaster/pdf/identity-manual_R07.pdf - 歯の情報(歯科所見)による身元確認(東日本大震災で延べ2,600名・約8,750体) — 静岡県歯科医師会コラム https://s8020.or.jp/column/20200106/index.html - 女川歯科保健チーム、活動報告会を開催(10年間の歯科保健医療活動) — クインテッセンス出版 デンタルトピックス https://www.quint-j.co.jp/articles/topics/4941 - 歯科医院の防災対策ガイドブック(守る・開く・届ける・続けるの枠組み) — 医歯薬出版 https://www.ishiyaku.co.jp/search/details.aspx?bookcode=444140 - 災害歯科保健活動 歯科衛生士実践マニュアル(2021) — 日本歯科衛生士会 https://www.jdha.or.jp/pdf/outline/saigaimanual2021.pdf - Oral care and pneumonia(専門的口腔ケアで肺炎発症率39%低下・死亡率53%低下) — Yoneyama T, et al. The Lancet 1999 - 阪神・淡路大震災 災害関連死の分析(関連死の約24%が肺炎等呼吸器系) — 神戸新聞 2004 - 熊本地震・南阿蘇地区の歯科支援実績(アセスメント927人ほか) — 日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書 - 中越地震における避難所巡回口腔ケア(115か所・のべ1,226名) — 厚生労働科学研究 中久木班報告集 - 令和2年 人口動態統計(誤嚥性肺炎は死因第6位) — 厚生労働省 --- # 資料: 学校向け 防災教育教材 — 授業でそのまま使える「お口の防災」指導キット(教職員・養護教諭・教育委員会向け・起草版) URL: https://oral-bousai.jp/resources/school-education-kit 避難所になる学校だからこそ、45分の授業と1枚のワークシートで、子どもと家庭と地域を災害関連死から守る備えが始められます。 ## 1. なぜ学校で「お口の防災」なのか 学校は日本の防災の最前線です。全国の公立学校の91.7%(文部科学省・令和6年11月時点)が避難所に指定されており、発災時には子どもだけでなく地域の高齢者が体育館に集まります。 文部科学省の調査(令和6年11月1日時点)では、全国の公立学校の91.7%が災害時の避難所に指定されています。つまり多くの先生方は、発災時に「教育者」と「避難所運営の協力者」の両方の立場に立つことになります。そのとき体育館で最初に不足するのが水であり、水不足で真っ先に後回しにされるのが歯みがきです。 口の中を清潔に保てないと、歯垢(プラーク)の中の細菌が唾液や食べ物と一緒に気管へ入り、誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:飲み込む機能が落ちた人に起きやすい肺炎)の原因になります。阪神・淡路大震災では震災関連死921人のうち約24%が肺炎など呼吸器系疾患で、関連死の9割が60歳以上、8割が発災後2か月以内に集中しました。東日本大震災でも石巻市の関連死の26.9%が肺炎で、肺炎の発生は通常時の約3倍に増えました。 ▶ 39% — 特別養護老人ホームでの専門的口腔ケアにより肺炎発症率が39%低下、肺炎による死亡率は53%低下(2年間のランダム化比較試験)(出典: Yoneyama et al., The Lancet, 1999) 学校で教える意味は2つあります。第一に、学校避難所に集まる地域の高齢者を守る「担い手」を育てられること。第二に、子どもが学んだことは家庭に持ち帰られ、非常持出袋の中身が実際に変わることです。防災教育は「子どもから家庭へ、家庭から地域へ」広がる数少ない伝達経路です。 ※【この教材キットの構成】小学校中学年向け45分授業案、中学生向け45分授業案(避難所シミュレーション型)、家庭持ち帰りワークシート、養護教諭向け保健室運用ガイド、学校歯科医との連携手順、避難訓練への組み込み例の6点セットです。すべて本ページの内容だけで実施できます。 ## 2. 学習指導要領との接続 — 「特設の時間」を作らなくても実施できます 「お口の防災」は新しい教科ではありません。既存の保健学習・特別活動・防災教育の交点に位置づけられます。 文部科学省の学校防災のための参考資料「『生きる力』を育む防災教育の展開」(平成25年3月改訂)は、防災教育を特定の教科に限定せず、各教科・特別活動を横断して系統的に行うことを求めています。一方、歯・口の健康づくりは文部科学省後援の「生きる力を育む歯・口の健康づくり推進事業」(日本学校歯科医会)などを通じて学校保健の柱として位置づけられています。この2つの「生きる力」が交わる点が、お口の防災です。 校種・学年 | 教科・領域の位置づけ | お口の防災との接続点 小3・4 | 体育科(保健領域)「健康な生活」/学級活動(歯みがき指導) | 毎日の歯みがき習慣+「水が使えない日」の歯みがきを1コマ追加 小5 | 体育科(保健領域)「けがの防止」 | 災害時の安全確保の学習に「その後の生活と健康」の視点を接続 小6 | 体育科(保健領域)「病気の予防」 | 細菌と病気の関係の学習で誤嚥性肺炎に触れる 中学(第2学年中心) | 保健体育科(保健分野)「傷害の防止」—自然災害による傷害の防止 | 「二次災害・災害後の健康被害」として災害関連死と口腔ケアを扱う 小・中共通 | 特別活動(避難訓練・学校行事)/総合的な学習の時間 | 避難訓練への組み込み(第8節)、地域高齢者との交流学習 ※【指導案の根拠として引用できる記述】中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 保健体育編は、自然災害による傷害が「災害発生時だけでなく二次災害によっても生じること」「災害に備えておくこと、安全に避難することによって防止できること」を指導内容として明記しています。災害関連死とその予防(口腔ケアを含む)は、この「二次災害への備え」の具体例として位置づけられます。職員会議や教育課程届出の際の根拠にお使いください。 ## 3. 授業案① 小学校中学年(45分)「みずがなくても、はみがき名人」 体育科(保健)または学級活動で実施できる1コマです。準備物は少なく、実習中心で構成しています。 【準備物(30人学級の場合)】 ☐ 紙コップ 35個(児童数+予備。うがい実習用) ☐ 500mLペットボトルの水 8本程度(1人あたりコップ半分(約100mL)×うがい2回分) ☐ 清潔なガーゼまたはウェットティッシュ 35枚(「拭き取りケア」体験用) ☐ 掲示用カード3枚(「1おく」「ブクブク」「ふきとり」と大書したもの) ☐ 家庭持ち帰りワークシート(第5節の様式)人数分(まとめで配付) 1. 導入(10分)クイズで細菌の数を実感させる — 発問1「みがき残しのよごれ(歯垢)1mg、米つぶより小さいかたまりに、細菌は何個いるでしょう? ①1万個 ②100万個 ③1億個」。挙手で予想させてから答え(約1億個)を提示します。続けて発問2「大きな地震で水道が止まりました。歯みがきはどうしますか?」。「しない」「そのまま」という素直な反応を板書に残しておくと、まとめで学びの変化が見えます。 2. 展開1(12分)なぜ災害のとき歯みがきが大事かを知る — 「お口の細菌が、ねている間などにのどから肺に入ると、肺炎という病気になることがある。とくにおじいちゃん・おばあちゃんは重くなりやすい」と説明します。発問3「学校が避難所になったら、体育館にはだれが来るかな?」→「近所の人」「おとしより」を引き出し、「きみたちの歯みがきの知識が、家族やご近所を守る」と価値づけます。恐怖をあおる写真は使わず、「防げる病気」であることを強調してください。 3. 展開2(15分)実習「水が少ないときの3つのわざ」 — わざ①ブクブクうがい:コップ半分の水を一度に使わず、少量ずつ口に含み、ほおを大きく動かして2〜3回に分けてうがいする練習。わざ②ふきとりケア:ガーゼを指に巻き、歯の表面と歯ぐきをやさしく拭く体験(実際に自分の口で)。わざ③つばパワー:よくかむ・だ液をしっかり出すことも口をきれいに保つと伝えます。机間指導では「歯の裏側もね」と個別に声かけします。 4. まとめ(8分)家庭への橋渡し — 発問4「今日おうちに帰ったら、まず何をする?」。ワークシートを配付し、「非常持出袋に家族全員の歯ブラシを入れて、おうちの人とチェックしてくる」宿題を予告します。導入で板書した「しない」「そのまま」に線を引き、「今日のみんなはもう答えが変わったね」と締めくくります。 板書計画(黒板の配置) | 内容 中央上(めあて) | みずがなくても、お口をきれいにできる名人になろう 左(導入) | クイズ:よごれ1mg=細菌 約1おく個!/「水が止まったら…?」子どもの最初の予想 中央(展開) | お口のばいきん→のど→はい→はいえん(矢印図)/まもれる相手:かぞく・ごきんじょ 右(3つのわざ) | ①ブクブク(少しの水で2〜3回)②ふきとり(ガーゼで歯と歯ぐき)③つばパワー(よくかむ) 右下(まとめ) | きょうの宿題:非常持出袋に歯ブラシ! ## 4. 授業案② 中学生(45分)「避難所運営シミュレーション — 口腔ケア班をつくろう」 保健体育科「傷害の防止(自然災害による傷害の防止)」または総合・学活で実施する、グループワーク型の1コマです。 1. 導入(8分)データで問いを立てる — 能登半島地震(2024年)の数字を板書:直接死229人・災害関連死261人超(2024年12月時点)。発問1「地震そのもので亡くなった人より、助かった後に亡くなった人のほうが多い。なぜだと思う?」。班で1分相談→数班指名。熊本地震(2016年)も直接死50人に対し関連死約220人と約4.4倍だった事実を重ねます。 2. 展開1(10分)災害関連死のメカニズムと「防げる死」 — 阪神・淡路大震災では関連死の約24%が肺炎など呼吸器系疾患で、9割が60歳以上だったこと、高齢者の肺炎の8割以上は誤嚥性肺炎(口の細菌が気管に入って起こる肺炎)であることを説明します。そのうえでLancet掲載の研究(口腔ケアで肺炎発症39%減・肺炎死亡53%減)を示し、発問2「つまり、避難所で誰が・何をすれば、この死は減らせる?」と投げかけます。 3. 展開2(20分)シミュレーション:300人の避難所の口腔ケア計画 — 設定:「本校体育館に300人が避難。断水中。飲料水は1人1日3Lのみ。あなたたちは避難所運営本部の口腔ケア班」。各班に役割カード(下表)を配り、A4計画シート1枚に①配る物と数量 ②水の使い方のルール ③声かけを優先する人 ④掲示物の文面、の4点を15分で立案させます。正解は一つではないことを事前に伝えます。 4. まとめ(7分)発表と価値づけ — 各班1分で発表(4〜5班)。教師は「入れ歯の人への配慮に気づいた班」「水を歯みがきに割り当てるルールを作った班」を具体的に称賛します。最後に、熊本地震では歯科チームが927人の口のアセスメントと252人の口腔ケアを行った実例と、JDAT(日本災害歯科支援チーム・2022年創設)が能登半島地震で計127チーム派遣された事実を紹介し、「専門家が来るまでの数日間を支えるのは、避難所にいる中学生かもしれない」と結びます。 役割カード(班に1セット) | カードに書く配慮事項のヒント 82歳男性・総入れ歯・一人暮らし | 入れ歯の洗浄と保管、夜間の外し忘れ、食事のむせ 生後8か月の乳児を連れた母親 | 乳児の口腔ケア(ガーゼ)、母親自身のケア時間の確保 車いす利用の68歳女性 | 水場まで移動できない→席まで届ける仕組み 日本語が不慣れな外国人観光客 | ピクトグラム掲示、多言語の一言カード 部活帰りで被災した本校生徒 | 運営の担い手としての役割を与える ※【実施上の注意】家族を災害で亡くした生徒が在籍する可能性に必ず配慮してください。実施前に学級担任・養護教諭と情報共有し、導入の死者数の提示は淡々と事実として扱い、写真や映像による情緒的な演出は避けます。途中退室を認める旨を冒頭で伝えておくと安心です。 ## 5. 家庭への持ち帰りワークシート「わが家の非常持出袋に歯ブラシを」 授業の学びを家庭の備蓄に変換する宿題です。印刷して配れるよう、様式をそのまま掲載します。 宿題の内容は一つだけ、「おうちの人と一緒に非常持出袋を開けて、家族全員分の歯ブラシを入れる」です。所要時間は10分程度。持出袋がない家庭のために「まずはジッパー付き袋に歯ブラシと下のチェック品を入れて玄関へ」という代替行動も明記します。 ワークシート様式(A4・1枚) | 記入欄 ① 家族の名前と歯ブラシチェック | 名前/歯ブラシを入れた(はい・いいえ)を家族の人数分(5行) ② 追加チェック(あてはまる家族がいれば) | 入れ歯の人→入れ歯洗浄剤・保管ケース/歯みがき粉なしでもみがけることを知っているか(はい・いいえ) ③ 水がないときのわざを家族に説明できた? | ブクブクうがい・ふきとりケア・つばパワーの3つに○ ④ おうちの人からひとこと&サイン | 自由記述1行+保護者サイン欄 ⑤ 点検日の約束 | 次に持出袋を点検する日(例:9月1日の防災の日/避難訓練の日)を家族で決めて記入 【ワークシート裏面に載せる「家庭向けミニ解説」】 ☐ 歯ブラシは1人1本+携帯用に1本。ケース入りか、通気する袋で(濡れたまま密閉するとかえって不衛生になります) ☐ 洗口液・液体ハミガキを備える場合は使用期限の表示を確認(液体口腔ケア用品には期限があります。年1回の点検日に入れ替える運用に) ☐ 水がなくても、歯みがき粉なしのブラッシングだけで歯垢は落とせます(歯垢1mgには約1億個の細菌がいます) ☐ 高齢の家族がいる場合は、口腔ケア用ウェットティッシュを人数×3日分(誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位(厚労省 令和2年人口動態統計)です) ※【回収後のひと工夫】サイン欄の回収率をそのまま「家庭の備蓄が実際に変わった割合」として学校保健委員会・学校だよりで報告できます。「4年2組は31家庭中28家庭の持出袋に歯ブラシが入りました」という具体的な数字は、翌年度の実施継続の最良の根拠になります。 ## 6. 養護教諭向け — 学校避難所での保健室機能と口腔ケア 発災後、保健室は避難所の救護・保健の拠点になります。平時の備蓄と、発災後72時間の動きをここで決めておきます。 過去の災害では、歯科専門職の支援が軌道に乗るまで数日かかっています。中越地震(2004年)で避難所巡回口腔ケアが始まったのは発災5日目で、そこから25日間・115か所・のべ1,226名に及びました。裏を返せば、最初の数日間の口腔衛生は学校側、実務上は養護教諭が要になります。 備蓄品目 | 数量の目安 | 備考 歯ブラシ(大人用) | 想定避難者数×1本+1割の予備 | 体育館の指定収容人数を基準に。個包装品を選ぶ 歯ブラシ(子ども用) | 全校児童生徒数の2割分 | 在校時間帯の被災を想定した最低ライン 洗口液または液体ハミガキ | 想定避難者数×3日分(1回量は製品表示に従う。例:1回10mLなら500mLボトル1本で約50回分) | 使用期限あり。避難訓練日に年1回点検・入替(ローリングストック) 口腔ケア用ウェットティッシュ | 想定避難者数×3日分(1人1日2枚換算) | 水が全く使えない期間の主力。アルコール不使用の口腔用を選ぶ 紙コップ | 想定避難者数×3日分(1人1日2個換算) | うがい・入れ歯保管の代用にも 使い捨て手袋・ガーゼ | 各1箱以上 | 介助が必要な避難者・乳幼児のケア用 入れ歯洗浄剤・保管ケース | 想定避難者数の1割分 | 関連死の9割が60歳以上という事実に対応する重点品目 【発災後72時間のアクション(保健室)】 ☐ 開設当日:口腔ケア物品を受付横に配置し、掲示物「歯みがきは肺炎予防です」を貼り出す(「もらいに来る」より「目に入る」配置が実行率を上げます) ☐ 1日目夜まで:ハイリスク者の把握を開始(判断基準:65歳以上/入れ歯使用/食事でむせる/要介護・障害で自力ケアが難しい/飲水を控えている人) ☐ 2〜3日目:ハイリスク者に1日1回以上の口腔ケアの声かけ・介助を割り当てる(中学生ボランティア(第4節の授業経験者)に「配布と声かけ」を任せられます) ☐ 3日目まで:市町村保健師・学校歯科医へ状況報告し、歯科支援チームの派遣要否を伝える(報告様式は「避難者数/ハイリスク者数/物品残量」の3点で十分です) ▶ 26.9% — 東日本大震災・石巻市の震災関連死に占める肺炎の割合。肺炎発生は通常時の約3倍でした。最初の72時間の口腔衛生はこの数字に直結します(出典: 東日本大震災 石巻市関連死データ(2011)) ## 7. 学校歯科医との連携の進め方 学校歯科医は「健診の先生」で終わらせず、防災教育と避難所対応のパートナーとして年間計画に位置づけます。 1. 4月:学校保健計画に1行加える — 「災害時の口腔保健(授業・訓練・備蓄)」を学校保健計画に明記し、学校歯科医に共有します。文部科学省後援の「生きる力を育む歯・口の健康づくり推進事業」(日本学校歯科医会)の枠組みで取り組めば、教育委員会への説明も通りやすくなります。 2. 6月:歯科健診の機会に10分の打合せ — 議題は3つに絞ります。①本キットの授業へのゲストティーチャー参加の可否 ②備蓄品目リスト(第6節)への助言 ③発災時の連絡手段(電話不通時の代替を含む)の確認。 3. 秋:授業・学校保健委員会での登壇 — 第3節・第4節の授業の展開1(メカニズム説明)を学校歯科医が担当すると、教員の負担が下がり専門性も上がります。学校保健委員会ではワークシート回収率(第5節)を報告し、次年度の位置づけを協議します。 4. 通年:発災時の役割分担を文書化 — 「学校歯科医は発災後、地区歯科医師会・JDAT(日本災害歯科支援チーム。2022年創設、能登半島地震で計127チーム派遣)との連絡窓口を担う」「養護教諭は避難者の口腔ハイリスク者リストを提供する」という2行だけでも、危機管理マニュアルに書いてあるかどうかで初動が変わります。 ※【外部支援は「来る」前提で準備できます】熊本地震・南阿蘇地区では発災後の約2か月間に歯科的アセスメント927人・応急歯科治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人の支援が行われました(日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書)。学校側の役割は支援チームの代わりになることではなく、到着までの数日間をつなぎ、到着後は名簿と場所を提供して受け入れることです。 ## 8. 避難訓練への組み込み例 — 追加時間ゼロから始める 新しい訓練を増やす必要はありません。既存の避難訓練・引き渡し訓練に30秒〜10分の要素を足すだけで定着します。 既存の訓練・行事 | 追加する要素 | 追加所要時間 毎学期の避難訓練(講評時) | 校長・安全主任の講評に一言「持出袋に歯ブラシは入っていますか。災害の後の肺炎は、お口を清潔に保つことで減らせます」 | 30秒 引き渡し訓練 | 保護者に第5節のワークシート(またはA5チラシ版)を手渡し配布 | 0分(配布のみ) 防災の日(9/1)前後の学級活動 | 非常持出袋の中身点検リストに「歯ブラシ・口腔ケア用品」の行を追加し、点検結果を挙手で確認 | 5分 宿泊型防災訓練・防災キャンプ | 消灯前に「水が少ないときの歯みがき」を全員で実践(第3節の3つのわざ) | 10分 給食後の予告なし訓練 | 訓練後に「今、口の中に食べかすがある状態で一晩過ごすとどうなるか」を保健指導につなげる | 5分 職員研修(年1回) | 第6節の72時間アクションの読み合わせと備蓄点検・洗口液の期限確認 | 15分 ※【定着のコツは「点検日を固定する」こと】備蓄の期限確認・家庭のワークシート再配布・職員読み合わせを、すべて「防災の日に合わせた避難訓練の日」に固定してください。担当者が異動しても行事に紐づいた業務は残ります。文部科学省の防災教育参考資料が求める「系統的・組織的な防災教育」を、最小の運用コストで満たせます。 ## 9. 教材データ・出前授業のご相談(お口の防災プロジェクト) 本ページの授業案・ワークシートは、そのまま印刷してお使いいただけます。学校での実施を協会がお手伝いします。 一般社団法人日本オーラルヘルス協会「お口の防災プロジェクト」では、災害関連死、とくに誤嚥性肺炎を口腔ケアで防ぐことをミッションに、学校向けの支援を行っています。本キットの授業案の指導案データ(板書計画・ワークシート様式を含む)の提供、歯科専門職によるゲストティーチャー・出前授業、教職員研修(15〜60分)、備蓄品目リストの学校規模別カスタマイズについて、お気軽にご相談ください。 【こんなご相談を受けています】 ☐ 教育委員会単位での教材配布・研修会の企画(域内の学校歯科医会との調整もお手伝いします) ☐ 授業実施後のアンケート設計と効果のまとめ方(ワークシート回収率を活用した報告様式の例をご提供します) ☐ 学校避難所の口腔ケア備蓄の初期設計(収容想定人数に合わせた数量表を作成します) ※【お問い合わせ】ご相談は /contact からお寄せください。学校名・校種・想定している実施時期(例:2学期の避難訓練に合わせたい)をお書き添えいただくと、初回のご案内がスムーズです。 ### 出典 - 阪神・淡路大震災 震災関連死調査(関連死の約24%が肺炎等呼吸器系・9割が60歳以上・8割が発災後2か月以内) — 神戸新聞(2004) - 専門的口腔ケアによる肺炎発症率39%低下・肺炎死亡率53%低下(特養での2年間RCT) — Yoneyama T, et al. Oral care and pneumonia. The Lancet, 1999 - 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位 — 厚生労働省 令和2年(2020)人口動態統計 - 高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎 — 日本呼吸器学会 - 東日本大震災・石巻市の関連死の26.9%が肺炎、肺炎発生が通常時の約3倍 — 東日本大震災 震災関連死データ(石巻市, 2011) - 全国の公立学校の91.7%が避難所に指定(令和6年11月1日時点) — 文部科学省「避難所となる公立学校施設の防災機能に関する調査」 https://www.mext.go.jp/a_menu/shisetu/bousai/1420458.htm - 防災教育を各教科・特別活動横断で系統的に行う枠組み — 文部科学省 学校防災のための参考資料「『生きる力』を育む防災教育の展開」(平成25年3月改訂) https://anzenkyouiku.mext.go.jp/mextshiryou/data/saigai03.pdf - 保健分野「傷害の防止」における自然災害による傷害(二次災害を含む)の防止の指導内容 — 中学校学習指導要領(平成29年告示)解説 保健体育編(文部科学省) https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1387016.htm - 学校における歯・口の健康づくりの位置づけ(文部科学省後援「生きる力を育む歯・口の健康づくり推進事業」) — 日本学校歯科医会・文部科学省(歯科保健教育) https://www.mext.go.jp/a_menu/kenko/hoken/1353638.htm - 熊本地震・南阿蘇地区の歯科支援実績(アセスメント927人・応急歯科治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人) — 日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書(2016) - 中越地震での避難所巡回口腔ケア(発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名) — 厚生労働科学研究 中久木班報告集(2004) - JDAT(日本災害歯科支援チーム)2022年創設・能登半島地震で計127チーム派遣 — 日本歯科医師会 JDAT活動報告 - 能登半島地震の直接死229人・関連死261人超(2024年12月時点)、熊本地震の直接死50人・関連死約220人 — 各災害の政府・自治体公表データ(協会サイト収載の検証済みエビデンス) --- # 資料: 企業向け 連携ガイド(企業の総務・人事・CSR/サステナビリティ担当向け・起草版) URL: https://oral-bousai.jp/resources/corporate-partnership-guide 水・食料の隣に「歯ブラシ1本」を加えるだけで、帰宅困難者対策・健康経営・ESG開示の3つを同時に前進させる実務ガイドです。 ## 1. なぜ企業に「お口の防災」か——オフィス備蓄の盲点 水・食料・簡易トイレは備えたのに、歯ブラシがない。多くのオフィス備蓄に共通する抜け穴です。 東京都の被害想定(令和4年5月公表)では、都心南部直下地震の発生時に約453万人の帰宅困難者が生じるとされています。発災後3日間、従業員はオフィスに留まることが原則です。この3日間、断水や水の節約で歯磨きが後回しになると、口の中で細菌が急増します。歯垢(プラーク)1mgには約1億個の細菌が含まれており、これが唾液とともに気管に入ることで誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん:食べ物や唾液が誤って気管に入り、細菌が肺で炎症を起こす病気)のリスクが高まります。 ▶ 約24% — 阪神・淡路大震災の災害関連死(当初921人、後に計1,840人以上)のうち、肺炎など呼吸器系疾患が占めた割合。関連死の9割が60歳以上、8割が発災後2ヶ月以内に発生しました。(出典: 神戸新聞 2004) ▶ 約3倍 — 東日本大震災後、石巻市での肺炎発生は通常時の約3倍に増加。同市の災害関連死の26.9%が肺炎でした。(出典: 石巻市の災害関連死分析(東日本大震災)) 「高齢者の話であって、現役世代中心のオフィスには関係ない」と思われがちですが、企業にとっての論点は3つあります。第一に、館内待機する従業員・来訪者には高齢者や持病のある方も含まれます。第二に、口腔衛生の悪化はインフルエンザ等の感染症リスクも高め、避難生活での体調不良は事業再開の人的リソースを直接削ります。第三に、従業員の家族——特に高齢の親——こそ最大のリスク層であり、家庭への展開(第6章)まで含めて初めて「従業員を守るBCP」が完成します。 ※【経営会議向けの要約】口腔ケア用品の備蓄追加は、既存の防災予算の数%程度の追加で実行できる一方、対象となるリスクは「災害関連死の主要因の一つ(肺炎等呼吸器系)」です。水・食料と違い保管スペースもごく小さく、BCP・健康経営・ESG開示の3領域で同時に成果として計上できます。 ## 2. BCPへの組み込み——条例の「3日分備蓄」に口腔ケアを加える 東京都帰宅困難者対策条例の努力義務は「飲料水・食糧その他災害時における必要な物資」。この「その他」に口腔ケア用品を位置づけます。 東京都帰宅困難者対策条例(平成24年制定・平成25年4月施行)は、事業者に対し、従業者の一斉帰宅の抑制と、施設内待機のための3日分の備蓄(努力義務)を定めています。東京都のハンドブックが示す目安は1人あたり水9L(1日3L×3日)・主食9食(1日3食×3日)・毛布1枚などで、罰則はありませんが、災害時の安全配慮義務の観点からも実施が強く推奨されます。この既存の枠組みに口腔ケア用品を追加するだけなので、新しい制度対応は不要です。 品目 | 従業員100人・3日分の目安 | 積算根拠・備考 歯ブラシ(キャップ付き) | 100本 | 1人1本。水がなくても「磨いて拭き取る」だけで細菌数を減らせます 洗口液(ノンアルコールタイプ推奨) | 500mLボトル×12本(約6L) | 1人1回10mL×1日2回×3日=60mL/人。刺激の少ないノンアルコールは高齢者・口内炎のある人も使えます 口腔ケア用ウェットシート | 約900枚(30枚入×30パック) | 1人1日3枚×3日。断水時に歯・歯ぐき・舌を拭う歯磨きの代替手段 紙コップ | 300個 | うがい用に1人1日1個 シュガーレスガム(キシリトール等) | 1人3〜6粒×3日分 | 咀嚼による唾液分泌の促進。唾液は口腔内の自浄作用の要です 義歯洗浄剤・義歯ケース | 在籍状況に応じて若干数 | 義歯(入れ歯)使用者・高齢の来訪者対応。義歯の汚れは誤嚥性肺炎の温床になります 携帯用オーラルケアセット(歯ブラシ+小分け洗口液) | 100セット | 帰宅開始時に配布する持ち出し用。徒歩帰宅は長時間に及びます ※【消費期限の管理を忘れずに】洗口液・ウェットシートなどの液体・含水製品には使用期限があります(製品ごとに異なるため必ずパッケージ表示を確認してください)。備蓄台帳に期限欄を設け、年1回の防災訓練にあわせて点検し、期限が近いものは社内配布して買い足す「ローリングストック」で運用すると、廃棄ロスなく管理できます。歯ブラシも高温多湿を避けて保管し、点検時に劣化を確認します。 【BCP文書への書き込みチェックリスト】 ☐ 備蓄品リストに口腔ケア用品7品目を追記(上の表をそのまま転記できます) ☐ 配布トリガーを明記(例:震度6弱以上の地震で館内待機を決定した時点で、衛生班が初日夜から配布) ☐ 災害対策本部の衛生班の任務に「口腔ケア用品の配布と声かけ」を明記(「食後と就寝前に口を清潔に」の館内アナウンス例文も用意) ☐ 義歯使用者・要配慮者の把握方法を決める(本人申告ベースで可。個人情報は衛生班のみ閲覧) ☐ 帰宅開始時の携帯セット配布を帰宅ルールに追記 ☐ 備蓄台帳に消費期限欄を追加し、点検日を年間防災計画に組み込む ## 3. 健康経営との接続——歯科健診と防災教育の一石二鳥 健康経営優良法人認定の基礎となる「健康経営度調査」には、歯科検診に関する設問が実在します。防災とセットで設計すれば投資が二重に効きます。 経済産業省の健康経営度調査(健康経営銘柄・健康経営優良法人〔大規模法人部門〕の認定基礎データ)では、法定健診以外の健診・検診の取組を問う設問があり、「定期健康診断項目への組み込み」「費用補助」等を選んだ場合の該当検診項目の選択肢に「歯科検診」が明記されています(2026年度調査票)。また、健康経営に関与する専門職を問う設問の選択肢にも「歯科医師」「歯科衛生士」が含まれています。つまり、職域での歯科・口腔の取組は、認定申請書に書ける正式な評価対象です。 ▶ 39%低下 — 介護施設での専門的口腔ケアにより肺炎発症率が39%低下、肺炎による死亡率は53%低下(2年間のランダム化比較試験)。口腔ケアの疾病予防効果を示す代表的エビデンスです。(出典: Yoneyama et al., The Lancet 1999) 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位(厚生労働省・令和2年人口動態統計)で、高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎です(日本呼吸器学会)。従業員本人の歯周病対策と、従業員の親世代の肺炎予防は、同じ「口腔ケア」という一つの投資でカバーできます。 1. 年間カレンダーに2本の柱を置く — 6月の「歯と口の健康週間」に歯科健診・オーラルケアセミナーを、9月の防災の日に「お口の防災」研修と備蓄点検を配置します。同じテーマを年2回・別の切り口で扱うことで定着率が上がります。 2. 歯科健診の導入形態を選ぶ — ①定期健診への歯科項目のオプション追加、②歯科医師・歯科衛生士の巡回健診、③受診費用補助+受診勧奨、の3案から自社規模に合うものを選択。いずれも健康経営度調査の回答実績になります。 3. 防災研修を健康教育として記録する — 第5章の60分研修は「従業員への健康保持・増進の教育機会」としても実施記録を残し、健康経営の申請書類・社内報告の両方に使います。 4. 備蓄台帳と受講記録をエビデンス化する — 認定申請やサステナビリティ報告で「取組の実施を示す資料」として、備蓄品台帳・研修受講率・アンケート結果をそのまま流用できます。 ※【費用対効果の説明例】「歯科健診+防災研修+備蓄」を1パッケージにすると、①健康経営優良法人申請の取組項目、②帰宅困難者対策条例への対応、③従業員エンゲージメント施策、の3つの社内目的に同一予算で答えられます。単独施策として稟議を3本立てるより、承認も運用も軽くなります。 ## 4. CSR/ESGとしての協賛——「S」のマテリアリティに乗せる お口の防災は、人的資本・地域レジリエンス・健康寿命という3つの社会課題が交差するテーマです。開示に載る形に整えます。 ESGの「S(社会)」で投資家・取引先が見るのは、従業員の安全衛生、地域社会への貢献、そしてそれらが事業継続力にどう結びつくかです。災害時の口腔ケアは「災害関連死の予防」という明確なアウトカムを持ち、阪神・淡路(関連死1,840人以上)、東日本(関連死3,800人超)、熊本(直接死50人に対し関連死約220人・約4.4倍)、能登半島(直接死229人・関連死261人超)と、直接死を上回る規模で関連死が発生し続けている社会課題に対応します。 開示先 | 記載できる内容の例 統合報告書・サステナビリティ報告書 | 人的資本:災害時の従業員の健康確保体制(口腔ケアを含む3日分備蓄、研修受講率) 健康経営度調査・認定申請 | 歯科検診の費用補助・受診勧奨、歯科衛生士による健康教育の実施 地域貢献・社会貢献の項目 | 協賛を通じた地域啓発(避難所運営団体・自治体・学校への教材提供支援) 従業員向け社内報・採用広報 | 家族用防災キット配布、「実家の防災」啓発——福利厚生としての発信 【取組を「開示可能な数値」に変換するKPI例】 ☐ 口腔ケア備蓄カバー率(備蓄対象人数 ÷ 在館想定人数(目標100%)) ☐ 防災研修受講率と理解度(受講者数 ÷ 全従業員数、研修後アンケートの正答率) ☐ 歯科健診の受診率・費用補助の利用件数 ☐ 家庭用キット配布数と家族への波及人数(配布数 × 平均世帯人数で推計) ☐ 協賛による啓発リーチ(協会からの活動報告書に記載される教材配布数・イベント参加者数を引用) ## 5. 社員研修プログラム例——60分でここまでできる 座学だけで終わらせず、「水30mLで口を清潔にする」体験を必ず入れます。体験した人は家庭でも実践します。 時間 | 内容 | 形式 0-5分 | オープニング:災害関連死とは何か。熊本地震では直接死50人に対し関連死約220人——「助かった命が失われる」構図を共有 | 講義 5-15分 | なぜ口から肺炎になるのか:歯垢1mgに約1億個の細菌、誤嚥性肺炎のメカニズム、専門的口腔ケアで肺炎発症39%低下のエビデンス | 講義(スライド10枚以内) 15-30分 | 実習①:水が少ない時の歯磨き——コップ30mLの水での「少量ぶくぶくうがい」、歯ブラシの拭き取り清掃、洗口液の使い方 | 実習(2人1組) 30-40分 | 実習②:ウェットシートでの歯・舌・粘膜の清拭、義歯の外し方と洗い方——高齢の家族を手伝う場面を想定 | 実習・デモ 40-50分 | ワーク:自社備蓄の点検結果を見ながら、自分のデスク・自宅・実家の「お口の備え」を3行で書き出す | 個人ワーク+共有 50-60分 | 質疑応答、アクション宣言(今週やること1つ)、アンケート回収 | 全体 【研修準備物(受講者20名の場合)】 ☐ 紙コップ40個・ペットボトル水2L×2本(実習①用。1人30mL×2回分) ☐ 歯ブラシ・携帯用洗口液・口腔ケアシートの実物サンプル各20(実習後そのまま持ち帰り、自宅備蓄の初回分に) ☐ 配布資料(本ガイド第2章の備蓄表+家庭用キットリスト) ☐ 研修後アンケート(理解度3問+自宅で実践する行動1つ)(健康経営・開示用の記録として保存) 講師は歯科衛生士(口腔ケアの専門職)が務めると実習の質が上がります。全社展開では、対面60分の基本版に加え、オンライン30分版(実習①をデモ動画に置き換え)を用意すると受講率を確保しやすくなります。 ## 6. 家族への展開——福利厚生としての家庭用キット 災害関連死のリスクが最も高いのは従業員本人ではなく、その親世代です。福利厚生として家庭に届けます。 ▶ 9割 — 阪神・淡路大震災の災害関連死のうち60歳以上が占めた割合。さらに8割が発災後2ヶ月以内に亡くなっており、避難生活の初期にこそ備えが必要です。(出典: 神戸新聞 2004) 【家庭用キットの中身(1人3日分・A5ポーチに収まる構成)】 ☐ 歯ブラシ(キャップ付き)1本 ☐ 携帯用洗口液 100mLボトル1本(1回10mL×1日2回×3日=60mL+予備。消費期限を外装に大きく表示) ☐ 口腔ケア用ウェットシート 10枚 ☐ シュガーレスガム 1パック(唾液分泌の促進用) ☐ 義歯洗浄剤3回分+簡易義歯ケース(高齢家族向けバリエーションにのみ同梱) ☐ 折りたたみコップ 1個 ☐ 「災害時のお口のケア」リーフレット1枚(少量の水での歯磨き手順と、高齢者の口腔ケア介助のポイント) 配布のタイミングは、①防災の日(9月)の全社配布、②定期健診・歯科健診の受診記念品、③新入社員・新任管理職への防災教育セット、などが定着しやすい設計です。「標準版」と「高齢家族版(義歯ケア用品入り)」の2種類を用意し、希望制で選べるようにすると満足度が上がります。 ※【「実家の防災」への声かけ】キット配布時に「年末年始の帰省で、ご実家の備蓄に歯ブラシと洗口液が入っているか見てきてください」と一言添えてください。研修(第5章)で介助の実習を受けた従業員なら、高齢の親の口腔ケアを具体的に手伝えます。従業員の介護離職予防・安心感の醸成という点でも、人事施策として説明が立ちます。 ## 7. 協賛・連携メニューと公益性ガバナンス 参画形態は規模と目的に応じて4段階。いずれの形態でも、協会の発信内容の学術的独立は変わりません。 当協会の活動基盤には、災害歯科支援の実績の蓄積があります。中越地震(2004)では発災5日目から25日間・115か所の避難所巡回でのべ1,226名に口腔ケアが提供され(厚労科研 中久木班報告集)、熊本地震(2016)の南阿蘇地区では歯科的アセスメント927人・応急歯科治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人の支援が行われました(日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書)。2022年にはJDAT(日本災害歯科支援チーム)が創設され、能登半島地震では計127チームが派遣されています。企業との連携は、こうした「発災後の専門職支援」が届くまでの空白——特に最初の72時間——を平時の備えで埋めるための取組です。 参画形態 | 内容 | 主な還元 創設期協賛(Founding Supporters) | プロジェクトの立ち上げ期を複数年で支える中核パートナー | ウェブサイト・報告書へのロゴ掲載、年次活動報告会への招待、自社研修への講師派遣優待 年間サポーター | 年単位の活動資金協賛 | ロゴ掲載、活動報告書の提供、社内啓発素材の利用許諾 プロジェクト協賛 | 研修プログラム開発、家庭用キット、地域啓発イベント等の個別事業への協賛 | 協賛事業の成果報告書、自社の開示・広報での実績引用 物品・サービス協賛 | 口腔ケア用品、物流、印刷、会場等の現物提供 | 提供実績の公表、啓発活動での配布時のクレジット表記 ※【公益性ガバナンス——協賛企業へのお約束とお願い】①教材・発信物の内容は、査読論文・公的統計等のエビデンス基準に基づき協会が独立して編集し、協賛企業は内容の決定に関与しません。②協会は特定の商品・銘柄の推奨を行いません(品目カテゴリーでの推奨に限定します)。③協賛金の使途は年次報告で公開します。この独立性こそが、協賛企業の開示における「ウォッシュではない社会貢献」の裏付けになります。 ## 8. 導入ステップとご相談 最短で、来月の防災訓練から始められます。 1. Step 1(2週間):現状の棚卸し — 既存の防災備蓄リストに口腔ケア用品があるか確認し、第2章の備蓄表と突き合わせます。あわせて健康経営の申請状況・歯科健診の有無を人事と確認します。 2. Step 2(〜1ヶ月):経営会議への提案 — 本ガイドのkeyFacts(関連死の約24%が呼吸器系・肺炎発生約3倍・口腔ケアで発症39%低下)と第1章の「経営会議向け要約」をそのまま提案書に使えます。予算は既存防災費の枠内での増額で計画します。 3. Step 3(1〜2ヶ月):備蓄導入とBCP改定 — 第2章のチェックリストに沿って備蓄品を調達し、BCP文書・帰宅困難者対応ルールを改定。備蓄台帳に消費期限管理を組み込みます。 4. Step 4(四半期内):研修と家庭展開 — 第5章の60分研修を防災訓練または衛生委員会の年間計画に組み込み、第6章の家庭用キットを配布します。 5. Step 5(年次):開示・認定への反映 — 受講率・備蓄カバー率・配布数を集計し、健康経営度調査の回答とサステナビリティ報告に反映。翌年度の改善計画を立てます。 ※【お口の防災プロジェクトにご相談ください】一般社団法人日本オーラルヘルス協会「お口の防災プロジェクト」では、備蓄表のカスタマイズ(業種・シフト勤務・多拠点対応)、歯科衛生士による社員研修の講師派遣、家庭用キットの設計支援、協賛・連携メニューのご案内を行っています。まずは貴社の備蓄リストを拝見するところからで構いません。お問い合わせは /contact からどうぞ。 ### 出典 - 阪神・淡路大震災の災害関連死分析(関連死の約24%が肺炎等呼吸器系、9割が60歳以上、8割が2ヶ月以内) — 神戸新聞 2004 - 専門的口腔ケアによる肺炎発症率39%低下・肺炎死亡率53%低下(特別養護老人ホームでの2年間RCT) — Yoneyama T, et al. Oral care and pneumonia. The Lancet 1999 - 誤嚥性肺炎は日本人の死因第6位 — 厚生労働省 令和2年(2020)人口動態統計 - 高齢者の肺炎の8割以上が誤嚥性肺炎 — 日本呼吸器学会 - 東日本大震災・石巻市の災害関連死の26.9%が肺炎、肺炎発生が通常時の約3倍 — 石巻市の災害関連死に関する調査(東日本大震災) - 熊本地震・南阿蘇地区の歯科支援実績(アセスメント927人・応急治療46人・口腔ケア252人・保健指導242人) — 日本災害時公衆衛生歯科研究会 座談会報告書 - 中越地震での避難所巡回口腔ケア(発災5日目から25日間・115か所・のべ1,226名) — 厚生労働科学研究 中久木班報告集 - 東京都帰宅困難者対策条例(平成25年4月施行・従業者3日分の備蓄努力義務) — 東京都防災ホームページ https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/kitaku_portal/1000050/1000536.html - 東京都帰宅困難者対策ハンドブック(1人あたり水9L・主食9食等の備蓄目安) — 東京都 https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/001/369/202303.pdf - 首都直下地震等による東京の被害想定(令和4年5月25日公表・帰宅困難者約453万人) — 東京都防災会議 https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/taisaku/torikumi/1000902/1021571.html - 健康経営度調査について(健康経営銘柄・健康経営優良法人〔大規模法人部門〕の認定基礎データ) — 経済産業省 https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/kenkoukeieido-chousa.html - 2026年度健康経営度調査票サンプル(法定外健診・検診の項目選択肢に「歯科検診」、専門職選択肢に「歯科医師」「歯科衛生士」を含む設問を確認) — 日本経済新聞社 健康経営度調査 https://kenko-keiei.jp/wp-content/themes/kenko_keiei_cms/files/kk2026sample_dai.pdf